記憶はあった。何故倒れたのかも理解出来た。だけどどうして保健室にいたのかと考える。状況から判断するとこの男があそこまで運んだに違いないのだろうが…。あそこまで言って、ならば放って置いておけば良いものを。どうしてこうも干渉し、節介を焼きすぎるのか…。
それにしても久しぶりにしっかりと寝た気がした。倒れた結果にそうなったことは、危なかったけれど。追求されてもおかしくはなかった。気をつけなければ。おかしいと、周りの人間に気付かれてはならない。
そこでふと思い出す。倒れ、視界も意識もない中、懐かしい温かさを感じたこと。まるで母の腕に抱かれているような…。ならばあれは、この男のものだったのか…


「…だからと言って一緒に帰る必要はない」
「まぁいーじゃん、遅いしさ」


何故こいつと家路を共にしているのだ…。自宅を知られている事が、良くなかった。しかしそうは言っても日が落ちるのが遅くなるこの時期、街はまだ夕焼けの中だ。あまつさえ女子供でもあるまい。いや…そういうことか。


「情けはいらぬ」
「情けじゃねーよ、言ったろ?俺の為なんだって」


その理由に、はっきりと納得出来た訳ではない。誰にも何も隙を許さないと気を張っていたはずが、しかしあの時からどうも狂ってしまった。他人の侵入を許す訳ではない。ただ、ただ…疲れただけ。これ以上は何も…あの強引な“約束”も、守る気はない。口止めさえしておけば…


「元就!」


それが自分を指すものだと気付くのに、数秒を要した。その前に右手を、何故か掴まれていた。


「なっ…」
「赤」


よく見ると今立っている所は横断歩道の前で、向こう正面の信号はその通り赤だった。それよりなにより、


「な、ななな…」
「な?」
「なんでっ…、名前…」
「ああ俺、ダチんこと名前で呼ぶ主義だから」
「だっ………」


この男は本当に突拍子がない。何を考えているのかが分からない。こういう自分とまるで正反対な奴は苦手だ。なのに、なぜ、


「だからさぁ、元就も俺のこと名前で呼べよ」
「…きっ、貴様の名前なぞ知らぬわ!」
「元親」
「は…?」
「だから俺の名前!ほら行くぞ元就ー」


他にも言いたい事はたくさんあったのに。早く手を離せ!とか、馴れ馴れしいぞ!とか、大体ダチって何だ!とか。
だけど。
久しく耳にしてなかったそれが、懐かしくて。こんな気持ちだったのかと、古い記憶が疼いた。名前を呼ばれる事が、こんなに…。それから急に恥ずかしくなった。決して気を許した訳ではない。ただ疲れただけ。そう己に言い聞かせていた。















「お前のせいで…!何もかもお前の…!」
「ごめっ…なさい!め…っんなさい!」


何度謝ったとて許される筈もない。寧ろそれは父の感情を逆撫でするだけだ。それでも繰り返す。許されない存在として、この人を苦しめているのは自分であるのだから。そしてこの激痛も、目眩も、その罪悪感の前では当然に仕方の無いことなのだ。これで父の苦しみが消えるのなら。
それでも…


「この人殺しが!」
「っ……!」


兄さん、助けて…










そう思ってしまう弱さを、知られたくはない。
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