逃げ場所探し
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「またサボリ?」
少し医務室を空けておくとすぐこれだ。1つだけ閉まっているカーテンを開けると、そこには予想通りマスタングが横になっていた。
「サボリとは人聞きの悪い。これは休憩だよ、さすがの私も働き詰めでは倒れてしまうのでね」
「さっきもサボリに来てリザに連れてかれた人とは思えないね」
「憎まれ口を叩きながらも君が私を追い出す事をしないとわかっているから来るんだよ」
「私がマスタングに甘い事は認めよう」
「それは私に惹かれている、と?」
「ハッ、有り得ない有り得ない」
素っ頓狂な発言に思わず鼻で笑っていた。その返答すら予測していたらしく彼は少しも傷を負った風には見えないけれど。
「…そういえばこの間の金髪の国家錬金術師くん」
「鋼のの事かね?」
「たぶん」
「彼が何か?」
問われて、少し沈黙する。あの時の瞳を思い出してなんとなく罪悪感に駆られた。
「本気で錬成反応を怖がってたから。気付かずに治療の為とは言えやっちゃったな、と」
「…そんな事を気にしていたのか?」
「聞けばそのスカーと言う男、錬金術で人を殺めるらしいじゃんか。そんなのに命の危機にさらされたなら怖がるのも不思議じゃない。まがりなりにも医療に携わる者なのにと、少し後悔しただけ」
「君の気にする事じゃない。第一そんな事を言って、自分の錬成反応にビビっていたら国家資格剥奪物だからな。鋼のもそんな風には思っていないさ。それより君の錬金術に興味を示していたようだ」
不意に起き上がったマスタングに頭を撫でられ、なんだか幼い頃に戻った様に思った。ほとんど記憶はないが、小さな頃にこうされていた気がする。
「別に、特別な錬金術じゃないし彼にも使るよ」
「どうかな。現に私は使えなかった」
「でもきっと彼は使える。だって人体錬成、したんでしょ?」
「………どこでそれを?」
「さぁ、忘れちゃった」
「…君はすぐにそうやってはぐらかす」
「必要な事はちゃんと言ってるつもりだよ、マスタング」
しっかりとその瞳を見据えて笑えばため息を返された。なんだそれは。今言った通り、私が彼に必要だと思う事はちゃんと言っているしその逆なら不本意には口に出していない、ただそれだけ。私が金髪くんの手足の理由を知っている事は特に関係ないと思うから言わないだけ。なにが不服なのかわからない。
「では、君はいつ私を名前で呼んでくれるんだね?」
「マスタングが私を“君”と呼ぶのをやめる頃には」
「………レノ」
「なに?」
「そろそろ私が毎日ここに来る理由を真面目に考えてくれてもいいんじゃないか?」
「見当もつかないなぁ」
「…では、直接答えを教えるとしよう」
「え、ちょ、」
手を引かれてマスタングの胸に倒れ込んだかと思えばくるりと体勢が入れ替わってマスタングに押し倒される形になっていた。何て状況だろう。身体を拘束されている訳でもなく、ただカッチリと視線が合っているだけ。にも関わらず身体が動かない。視線が逸らせない。あ、やばい。
「私は君の事が」
「レノ、大佐が来ているでしょう?渡して頂戴」
「〜っ、リザ!!」
固まってしまったマスタングをよそに大声で今し方入ってきたリザの名前を叫ぶ。彼女ひすぐに駆け足で寄って来てくれた。
「……………大佐、何をなさっているんですか?」
「中尉、落ち着くんだ。これは不可抗力というヤツで」
「マスタングに押し倒された!」
「仕事をサボった上にレノを襲うなんて…」
カチャリと音がして取り出されたのはリザの愛用している拳銃。いつもより3割り増しに可愛い笑顔で彼女は銃口をマスタングに向けた。マスタングの顔色がハンパなく青い。
「今すぐ離れて執務に戻ってください」
引き金が躊躇なく引かれ、マスタングの横髪がハラハラとベッドに落ちた。
リザは何も言わないけど、勿論私にもマスタングにも聞こえている。“次は当てますよ”のその声が。
「…わかっているよ、中尉は相変わらずだな」
「相変わらずなのは大佐の方かと」
「……バカだね、マスタング」
言葉に詰まった彼にそう言葉をかけると疲れたような笑顔を返してきた。バカだね。リザがマスタングに冷たい視線を向け続ける中、彼はやけにゆったりと医務室を出て行った。
「大丈夫だった?」
「うん。ナイスタイミング」
「お互い大佐には苦労させられるわね」
「ほんとにほんとに」
「それじゃあ私は戻るから。大佐がちゃんと戻ってるかわからないし」
「ん。お仕事頑張って」
「レノも」
お仕事と言っても私は書類処理なんかないし来る人がいなきゃ仕事なんてないし。しかしながらリザと従姉妹でほんとに良かった。主にマスタング関連において。
別に気付いていない訳では、ないけれど。気付いているのを行動に出したらそのままズルズル変な方向に行きそうなんだもの。
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