「じゃ、学校で昼食。その後一時から午後練ねっ」
外に出るとちょうどリコが指示を出したところで、誠凛の部員達はバラバラとそれぞれに動き始めていた。そんな彼等に桃ちゃんは少し大きな声でみんなに聞こえるように声をかけた。
「テツ君と話もできたし、私帰りますねー。これから遊木センパイとデートなんで!」
「また学校でね」
ひらひらと手を振ると、まるで幼稚園児の様に間延びした声で部員達から返事が来た。結構みんな声低いからほんとにむさ苦しい。
「桃井さん、」
既に歩き出していた桃ちゃんが声をかけられて振り向く。半ば必然的にあたしも黒ちゃんを振り向くと、いつになく真剣な表情で黒ちゃんはゆっくりと言葉を投げかけた。
「約束します。青峰君に勝つと」
「…うん」
「………」
それ以上の返答に困っていた様なので、強引に桃ちゃんの手を引いて歩き出した。黒ちゃんに手を振ると頭を下げて返して来たので問題はないだろう。桃ちゃんも驚きはしたみたいだけど、何も言わなかった。
きっと桃ちゃんが黒ちゃんに言って欲しかった言葉そのものなんだろうと思う。ただ、実際に言われて、桃ちゃんは苦笑を返していたけれど。
「…大丈夫?」
「…大丈夫ですよっ」
「そっか」
全然そんな風に見えないけど。言葉にする代わりに、少しだけ歩く早さを緩めた。桃ちゃんがあたしの手を握る強さを強める。
「………青峰君に、」
「ん?」
「青峰君にテツ君が勝てば、絶対に何か変わると思うんです。でも、確証はない。それが怖くて」
「うん」
「私………」
「いいんだよ、桃ちゃんは何もしなくて」
「…え、」
「今のままでいてあげて。青ちゃんにとっても、黒ちゃんにとっても」
きっとそれで大丈夫。それだけで大丈夫。確かに青ちゃんに勝てば変わる、なんて簡単な問題じゃないかもしれない。でも現状に絶望して、全部諦めてる青ちゃんには、勝たなきゃ何も始まらない。勝たなきゃ変わらない。確証はなくても、きっかけは出来るはずだから。それに対して桃ちゃんは何もしなくていい。ただ、青ちゃんが無邪気にバスケを楽しんでいたあの頃に戻った時の為に、今のスタンスを崩さないでいてあげればそれだけでいいはず。
「ね。そうでしょ?」
「………はいっ!」
いつもの桃ちゃんの笑顔を見て、一安心。まだあたしの言葉はこの子達に届いてくれるみたいだ。
「…じゃあ、これからの事なんだけど、行くところ決まってるの?」
「ブラブラしようかなーって」
「ノープランって訳だね。…部活は、今日休みなの?」
「……………よ、四時から…。そう、四時からです!」
「部活あってるのにサボって来てるの?悪い子ね」
言いながら軽ーくデコピンをすると、桃ちゃんは照れたようにはにかんだ。どこに照れ要素やはにかみ要素があったかが謎だ。可愛いからいいけど。
「あたし、美味しいご飯屋さん知ってるから紹介するね。そしたら桐皇まで送るよ」
「えぇっ!そんな、悪いですよ…!」
「桃ちゃんが部活にちゃんと出るか見届けなきゃいけないから」
「ちゃんと出ます!」
「ほんとかなぁ…?」
久々にからかうと反応が新鮮で楽しい。「もー!遊木センパイヒドい!」なんて顔を真っ赤にして言う桃ちゃんが可愛くて可愛くて仕方がなかったけど、そろそろ可哀想になってきたので少し高いところにある頭をくしゃくしゃと撫でながら笑いかける。
「とりあえずご飯食べに、」
「…あれ?さつき………遊木、サン?」
背後からかけられた声に身体が固まる。そうだ、桃ちゃんと会うんだから、彼と会う事も予想していなくてはいけなかった。振り向かなくてもわかる、彼は…正直、キセキと呼ばれるあの子達の中で一番会いたくない子。バスケが大好きで大好きで仕方がなかった為に絶望してしまった子。
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