「あ、遊木センパイっっ!!」
「わ!…っと。久しぶりね、桃ちゃん」
急に飛びつかれてよろけたものの、なんとか持ち直して倒れる事はなかった。
昨日ここ2、3ヶ月音沙汰なしだった桃ちゃんに急にデートに誘われ、本気で驚いたけれど二つ返事で返した。結果、土曜日の早朝に私は相田スポーツジムの関係者以外立ち入り禁止と言う紙の貼られた扉の前に立っていたりする。しかも水着持参。今更だが、これは嫌な予感しかしない。
「ほんとのほんとのほんとに久しぶりですよ!センパイは自分から連絡してくれないし、私も受験とか色々で連絡とれなかったし、寂しかったんですよー?」
「あー、うん。ごめん…ね」
「や、全然大丈夫ですよ!なんか、センパイのせいみたいに言っちゃって…」
「桃ちゃん、高校はどこなの?」
「桐皇です。…青峰くんも、一緒に」
「………そっか」
目を伏せれば今でも容易に思い出す事が出来る。だるそうに、面倒臭そうにただバスケをこなすだけの青ちゃんが。思わず手を握り締めた時、ハッと我に返って目を開けた。
「ごめんね、なんか暗い話題ふっちゃって」
「どこに行ったかはどっちにしろ言うつもりだったんで、気にしないでください!あ、それよりちゃんと水着持ってきてくれましたか!?」
「一応ね。…今更だけど、何に必要なのか聞いてもいい?」
「それは着替えながらって事で!」
可愛らしくウインクを飛ばして、彼女はあたしの手を取った。そして淀みのない足取りで堂々と関係者以外立ち入り禁止の紙が貼ってある扉から中に入った。
「ちょ、桃ちゃん!?許可は取ったの?」
「ぜーんぜんです!でも、誠凛の皆さんがここで朝練やってるのはチェック済みなんで、見つかってもそれを理由にすれば何とかなりますよ!」
「それ不法侵入って言うんじゃないかな?」
「私あんまり頭良くないんでわからないです!」
どの口がそれを言っているんだろう。帝光で定期テスト毎回五位以内に入ってる人が言ったら嫌味にしかならないと思う、うん。しかしながら大分中まで入ってしまったし、桃ちゃんに戻るなんて言う選択肢はないんだろうし、諦める他ない。小さくため息を吐きながら今まで反抗の意味も含めゆっくり歩いていたのを桃ちゃんに合わせて少し早める。
ふと、さっきから桃ちゃんがまったく話さないのに気付いて顔を覗くと、お世辞にもあまり良いとは言えない顔色をしていた。体調が悪いなら帰った方が、と考えて一つの事に思い当たる。
「………桃ちゃん、迷ったの?」
ピタリと足が止まった。あたしも止まる。
桃ちゃんはあたしを見て少しの間黙っていたが、意を決したかのようにあたしの手を握りなおした。
「遊木センパイ、」
「うん?」
「………迷いました」
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