体育館を出て、学校を出て。それでもきーちゃんは無言でただあたしの腕を掴んでいる力だけは緩めなかった。
…まぁそれも仕方がないのかも知れない。“あの”帝光からそれぞれが強豪校に進学。自分の居場所というものを理解して、それでいてやっぱり心細いんだろう。そんな中で黒ちゃんの進学した学校と練習試合を組まれて嬉しくて会いに行けば黒ちゃんは帝光を…きーちゃんを全否定。
寂しくないはずがない、か。
「―――なんで、スかね」
ぽつりときーちゃんが呟き、足を止めたのは古ぼけたストリートバスケットコート。きーちゃんは黒ずんで大分ガタのきているゴールをぼーっと見つめていた。
「きーちゃん?」
「正直、黒子っちの言ってること理解出来ねぇ。勝てばいーじゃん、勝ってナンボの世界じゃん。勝たなきゃ意味ないし、最後は全部結果論の世界じゃないんスか?」
「…きーちゃん」
何か声をかけなきゃ、と思う反面何をどう声をかけてあげればいいのかわからない。きっと今きーちゃんは混乱しているんだ。自分の信じていた絶対無二の信念を否定されて。否定したのがきーちゃんにとってどうでもいい人間であれば聞き流せたんだろうけど、でも相手はきーちゃんが一目置いている存在である黒ちゃんだから、尚更。
「…遊木センパイは、なんで誠凛に行ったんスか?」
「あたし?」
「そっス。遊木センパイだって2年の頃から色んな高校に勧誘されてたじゃないスか。なのに、なんで?」
突如話をふられて、少し考え込む。なんでと聞かれれば答えは1つしかない。けどこの答えをこのまま言ってしまってはきーちゃんがこれ以上に混乱してしまうかも。
あぁでも、きーちゃんが本気ならあたしも本気で答えなきゃいけないか。
「…あたし、バスケから離れたかったんだ」
「え?」
「これを話すのはきーちゃんが初めてだよ」
小さく笑い、そうやって前置きをしてあたしはきーちゃんを見上げた。
「最初はただ純粋にバスケが好きで、その好きなバスケをプレイする人達をサポートしたくてマネージャーになった。でもそうやって近くで彼らを見てて、あたしは怖くなったの。勝つことが全てのあそこに信頼と呼べる信頼はなくて。お互いの荒削りな原石がそのまま存在してる。正直なんで勝てるのかわかんなかったよ」
チームプレーのはずのバスケが、チームではなく個人個人の力で勝ち進んでいく。あたしはあれをバスケと称したくはなかった。
「あたしの見ていたバスケはチームだった。帝光のバスケは個人だった。あたしはこのままマネージャーを続けていいのか本気で悩んだ」
ちょうどキセキの子達も入って、桃ちゃんも入って来て。桃ちゃんにセンスがあったからあたしは少しずつではあるけど評価されるようになってきていた自分のスカウティングの仕方を全部彼女に教え込んだ。桃ちゃんはあたしの期待に応えてくれた。
「あたしは“あたし”が世間に評価される前に表舞台から姿を消した。それと入れ替わりでキセキの子達が注目を浴び出して、帝光のバスケが色濃くなって、どんどんわからなくなっていって」
一応3年で引退するまでマネージャーは続けた。でも、あたしのバスケは、あたしの中のバスケはほとんど残っていなくて。
「誠凛に来た理由は簡単だよ。行きたい学校もなくて宙ぶらりん状態だったあたしに、一緒に誠凛行こうって言ってくれる人がいたから」
あいつが行こうって言うなら行こうと思った。もしそれが海常なら海常に行っただろうし、秀徳だったなら秀徳に行ったはずだ。それがたまたま誠凛だっただけで。
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