いち
少女は焦っていた。いつの間に決められたか知らない放送委員の自分の当番の日、いわゆる今日であるのだがそれを今の今まで同じクラスの放送委員の人間から聞くまで知らずにいたのだ。既に昼休みに入って五分は経っている。同じ曜日当番は先輩との情報を貰っていたことも手伝い、少女は駆け足で放送室へ。
そうして、勢い良く扉を開けた。
火曜日、いつものお時間です。
「あ、のっ!すいません、うち、今日が当番や、てっ、さっき聞いたばっかりであの…ほんますみません!!」
息を切らし謝りながらガバリと頭を下げた少女を見て、金髪の彼は目を丸くした。どうやら状況が理解出来ていないらしく言葉を出すことが出来ないようなのだが、少女はその沈黙を悪い意味で捉えてしまったらしくあわあわと1人でに騒ぎ始める。
「え、と…あの、ほんま、うちもう、なんて言うたらえぇんかわからんのですけど、だからその、知らんかった…とか言い訳にしかならんのは理解してます、けどっ!!」
どう考えても悪いのは自分ではなく同じ放送委員なのに何も教えてくれなかった彼女なのに、と思いはするが口にはしない。そんなことが通用しないことは重々承知の上なのだから。しかし予想に反し、一見厳しそうな彼はきょとんとしながら優しい言葉を少女にかけた。
「あ、別に全然気にしてへんから、そない謝らんでえぇよ」
「…へ?」
けど、と尚も謝ろうとした少女を、金髪の彼はえぇからえぇからと宥めながら自分の隣の椅子に座らせる。
「自分、こないだ休んどった子やろ?ほんで、今日が当番やて聞かされてなかったんなら、一回くらいしゃーないやろ」
「…え、と、怒ってないん…ですか?」
「怒るとこと違うやろ、さすがに俺もそこまでガキやないさかい」
「よかったぁ…」
本気で安堵の息をつきながら胸を撫で下ろした様子の少女に、金髪の彼はそれで、と声をかける。
「自分、名前何て言うん?俺は忍足謙也っちゅーんやけどな」
「財前馨言います。よろしくお願いしますわ、忍足さん」
「名前でえぇよ、苗字は従兄弟と被るから嫌やねん」
本気で顔をしかめ、手を左右に何度も振る謙也を見て馨は思わず笑みを溢した。そうして頷き、なんとなく時計に目をやって慌てて立ち上がった。
「謙也さん、やばいっすわ!曲流さな時間過ぎてます!!」
「うぉ、ほんまや!ナイス馨ちゃん!!」
叫び合いあたふたしながらCDを流し始めた謙也を見て、馨が再びほっと胸を落ち着かせる。謙也も同じ心境なのか一気に疲れたようにぐだーっと椅子に座り込む。
「…なんや、ほんまに申し訳ないです。うちが遅れんかったら、こないあたふたしいひんで済んだ思うと…」
「最初の放送やからな、こんなもんやで。時間に気付いただけでも凄いことなんやし、それで当番に遅れたんはチャラっちゅーことにしようやないか」
な??白い歯を見せながらにこやかに笑んだ謙也に、馨は何故か言い知れぬ安心感を得る。
(謙也さん、優しいんやなぁ。なんやこう、胸の奥がぎゅうと捕まれて熱ぅなるみたいな…)
よくわからない感情に首を傾げていた馨に再び謙也が声をかける。
「せや、馨ちゃんて、名前で呼びよるけどえぇか?部活に同じ苗字の奴おってややこしいねん」
「あ、大丈夫ですわ。うちも苗字で呼ばれるのは慣れてへんので…ちゅうか、その後輩嫌いなんですか?」
突然渋い顔に変化した謙也の表情に敏感に反応した馨が問いかけると、謙也は頭を掻きながらうーん、と少し唸る。
「別に嫌いっちゅう訳やないんやけどな、苦手…ちゅうのもまた違うて。…なんやろ、言い表せへんのやけど、とにかく俺を先輩やと思ってへんやろ!っちゅうような生意気な奴なんや」
「…謙也さんも大変みたいですねぇ」
「聞いてくれるか?」
それは多分、その後輩に対する愚痴か何かのことだろう。そう踏んだ馨は2つ返事で言葉を返し、謙也の次の言葉を待った。
「まずな、そいつ…も、財前っちゅうんやけど、そいつは時々俺に敬語使わんねん。先輩やと思うてへんのやで、あれは!それにしょっちゅう俺の言うことにだけ口答えするしヘタレやヘタレやっちゅうて来るし、普通に話しよっても毒舌が飛んでくるしな」
まったく付き合ってられんっちゅー話や!ため息混じりにそう言った謙也に、馨は苦笑いを返す。そうゆう人物をよく耳にする、というかそうゆう人物が凄く身近にいるような気がしてならなかったが、そこはあえて気にしないことにしているらしい。というのも長くは続かなかったが。
「白石には従順なんやで?せやのに、俺の前やといきなり、ほんまいきなり性格変わるねん。財前のあの二重人格者は絶対モテへんわぁ」
「………あの、謙也さん」
今日初めて会ったばかりだがかなりの好印象の彼。だからこそ、馨には確かめたいこと…確かめなければならないことが1つある。
「おん?何や?」
「その後輩の彼、苗字は財前なんですよね?」
「そうやで」
にへらと笑って言葉を返して来た謙也に、馨は一度小さく深呼吸して、聞いた。
「その財前の名前って、光やありません?」
「ぉ、そうやで。やっぱ知っとるんやなぁ」
有名やしな、と続けた謙也に、馨は実に言いにくそうに顔を俯かせながらあの、と声をかける。相変わらず笑顔の謙也にこれから言わなければいけないことを思うと少なからず胸が潰れるような気分になるのだが、言わなかったら言わなかったで後々面倒くさいことになるのは目に見えている。決心して、馨は謙也の目をしっかりと見つめた。
「………あの、財前光は、うちの双子の兄なんですわ」
「―――――え」
暖かかったはずの放送室の空気が、固まった。
――――――――――
始まってしまった(´`)
敬語で関西意識って難しい…。
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