僕を嫌いな君が好き



人生ってつまらない。
そう呟いた俺に、たかだか18年余りしか生きていない癖に何を諦めているのか と周りの奴らは言った。

俺は何でも出来た。
勉強だって運動だって特に努力をせずとも完璧な程に出来てしまうし、本当に、人よりも出来ることが当たり前の人生だった。
容姿だって整っているのはよく知っているし、日頃穏やかに過ごしているので便宜上のお友達付き合いも幅広い。
つまり、何を言いたいかって言うと、とにかく俺は自信に溢れていて、努力する ということを知らないのだ。

高校生になってもそれは変わらず、やはり俺は頑張る ということをとことんまで知らずに過ごした。

様々な推薦入試を取り入れているこの霧崎第一に学業推薦で一発合格。
ああ、まあ、当然だな。
気にするようなことじゃない。
そうして入学してから一度目の中間考査、例の如く、俺は勉強など微塵もせずにそれに臨んだ。
授業で習ったことしか出題されないのだから、つまらないにも程がある。
問題を渋々解いて、早々に寝た。

テスト返却。
100点100点100点100点100点100点100点100点、全八教科、合計800点。
何せ満点。もちろん一位だった。
しかし、廊下に張り出された結果は、予想していたよりもずっと興味のあるもので。

「二位、みょうじなまえ…788点……」

12点しか落としていないだなんて、まさかどんなガリ勉女だよと若干引いた。
軽く調べてみると、どうやらみょうじという女は隣のクラスの奴らしく、初めに想像していた人物像とは返って真逆な人間で面を食らった。
そう。
彼女も俺と同じく、否 俺以下ではあるが成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群な、人望の厚い素晴らしい人間だったのだ。

へえ、まさかそんな奴もいるんだな。
本物のガリ勉野郎が可哀想になってきちまうぜ、なんて思ったことを覚えている。
そうしてやってきた次のテスト。
一学期の期末考査。
廊下に貼り出された結果を見て、俺は更に彼女へ関心を持つことになる。

一位 花宮 真 1000点
〃 みょうじ なまえ 1000点

そんな、嘘だろう?
教科数も多く範囲の広い期末考査でも、一点も落とすことが無いだなんて、俺以外にもやってのける変態がいるんだな。

そうして次のテストも、そのまた次のテストも、みょうじは満点を叩き出し、悉く俺の下に名前を置いていた。
何をそんなに目の敵にする必要があるのか知らないが、往生際の悪い奴だ。
俺が点を落とすことなど無いのだから、勝つことなど諦めたらいいのに、これは一体いつまで続くことやら。

みょうじの担任教師と話した時に皮肉を込めて褒めてやったら、苦笑いをされた。
結局、みょうじの連続満点記録は二年の一学期末考査でストップした。

「ふうん…やっと諦めたのか」

やっぱり勝ちっ放しのこの人生、ろくなもんじゃねーな。
張り合いが無いとか、こんなにつまらないことは無いだろう。
まあ、だからせいぜい優秀な頭脳を使って他人を不幸に貶めることで、全力で人生を楽しんでおくことにしよう。

「おい花宮、お前のせいでみょうじの元気が無いんだが」

ある時、康次郎が俺に言った。
そんなこと知るかよ。
大体なんでみょうじの元気に俺が関係あるって言うんだ。

「お前を負かそうと必死になっていた頃のみょうじはやる気に満ちていて明るかったのに、勝てないことに気が付いた途端、また以前のつまらなそうな表情に戻ってしまった」

勝てないことに気が付いた?
いや、それは少しおかしいだろう。
だってあいつは、みょうじなまえは、俺に勝てないことなど初めから知っていたのだから。
それでも尚俺を目の敵に、否 標的として張り合ってきていたのは、あいつの方なのだ。

というか、チラチラと目が合うし、その度に分かりやすい程に嫌な顔をされてみろ。
ああ。なるほど。
あいつ俺のこと好きなんだなって。
普通ならば気付かないだろうが、所詮、みょうじも若かったということで。
無視することをせず、あれだけ露骨に「嫌いです」という反応を示してくるだなんて、今時の小学生だって躊躇うくらいだ。

ある日、図書室に本を借りに行くと図鑑コーナーにみょうじなまえの姿があった。
ここは少しからかってやろうかな なんて悪いことを企んだのが、俺の人生を良い意味で狂わせた。
声をかければやっぱり嫌な顔。

面白いから階段まで連れて行って、みょうじが俺を嫌いだと言ったうえで、俺は気に入ってるぜ なんて冗談を吐いてキスをしてやった。
我ながら、なんて外道なんだ。
まぁ、楽しければそれでいいか。
なんて思っていると、みょうじが突然俺の左頬に拳をかましてきやがった。

「さ、さささいてー!しね!ばぁか!!」

そう言って走り去るみょうじ。
顔が真っ赤で、しかも、先ほど殴られた頬も大して痛くないという。
なんだあれ。
可愛い奴。

「ふっ、ふははっ!」

嫌いだ嫌いだと吐いてはいるが、もう確実じゃん。
あいつ俺のこと好きだろ。
我ながらなんて自信家なんだ。
いや、仮に本当に嫌いだとしても、俺はあいつを手に入れたいと思っているのだから、関係のない話だ。
嫌いならば嫌いで、それもまた落とし甲斐があるってものだ。
むしろそっちの方が良いとさえ思える。

ああ、いつぶりだろうか。
こんなにも楽しいと思えることは。
これが恋なのかどうかは知らないが、少なくとも俺はあいつを気にかけている。

みょうじなまえ。
俺を嫌いなお前を、追いかけてみようか。

20140310



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