大嫌いな彼を認める



「みょうじさん」
「なあに花宮くん」
「みょうじさんって腕時計は右手に着けているんだね、もしかして捻くれ者なのかな」
「そういう花宮くんだって右手に着けているじゃない。それから、私が左利きだって考えには至らなかったの?」
「いやだなあ、みょうじさんが右利きだってことは知ってるよ。それから俺も右利きだよ」
「本当に花宮くんは冗談が上手だよね、尊敬する。それってつまり捻くれ者ってことでしょう」
「褒められるとなんだか気恥ずかしいな。まあみょうじさんには負けるけれど、俺もそれなりに捻くれてはいるかな」
「あはは、冗談も程々にしてよ花宮くんってば」
「みょうじさんだってそろそろ認めたらどうかな」

認めるって一体何をかな花宮くん、ウフフ、アハハ……
なんて会話、微塵も楽しくない!

あれからと言うもの、チラチラと視界に映る花宮真と更に頻繁に目が合うようになり、その数に比例するかのように、奴のこちらの教室に来る回数が増えた。
康次郎と私とは友人であるからして、もちろん会話をすることもあるのだが、そのタイミングを見計らったかのように、花宮真はやってくる。
そうなれば、私は奴とも必然的に話さなくてはならないワケで。

私と花宮真の会話を端から見ている康次郎は、全く着いていけない と一言呟いて、いつも傍観している。
どうやら会話のペースが速いらしい。
三位の瀬戸健太郎もこういう感じだとかなんとか、まあ、よく知らないけれど。

「みょうじさんと花宮くんって最近なんだか良い雰囲気だよね、いつも会話が弾んでいるし、二人とも笑顔だから、見ていてほのぼのするよ」

あるクラスメイトはこう言った。
会話が弾んでいるというのは確かにその通りだが、それは弾んでいるだけで別に華が咲いている訳ではない。
それに二人が笑顔だというのも確かに間違いでは無いが、これもまた腹の探り合いを困難にさせるためであるから、決して良い笑顔では無い。

それにしても、花宮真。
こいつは本当に性格の悪い奴だ。
クラスメイトのいるところでメールアドレスを聞いてきたり、ひと気の多いところで親しげに話しかけてきたり。
こちらが逃げられず、嫌な顔ひとつ出来ないところで、わざとこういったことをしてくるのだから。
人が嫌がることをさせたら天才なんだろうな なんて皮肉を吐いてみるくらいにして。

「ねえみょうじさん、もうそろそろ俺に惚れてくれた?」
「………は?」
「だから、そろそろ俺に惚れてくれたかな って聞いてるんだけど、もう一回言おうか?」

ある昼休み。
教室は賑わっていた。
たくさんの人に溢れかえる中で、花宮真は、心なしかいつもよりゆっくりと、聞き取りやすいようにそう言った。
近くの女の子の集団には聞こえていたらしく、ひそひそと固まって話しだす。

「ごめん花宮くんちょっと話があるから来てくれないかな?そうだねうん、いつものところで良いからほんと、早く行こうか」

私の言葉に、花宮真はにっこりと笑って頷き、私の右手をとって歩き出した。
違う違うそうじゃない…
そうじゃない、そうじゃないんだよ!
私が今どうしたいのかなんて伝わっている筈なのに、ああ、流石は嫌がらせのプロってところか。

また、いつもの踊り場で。
ひと気の無いこの場所に来てしまえば、もう人目を気にする必要は無い。
花宮真の手を振り払うと、得意の嗤いを見せた。

「ねえ、何考えてんの?花宮真」
「はあ?うるせーよ、お前こそさっさと認めろ」

だから、認めろ認めろって言うけど、一体何を認めろって言うんだよ。

「ふはっ!お前が解ってて言ってることを、俺は解ってんだぜ?」

とんだ自信家だこと。

「今、墓穴を掘ったな」

…黙れ馬鹿野郎。
それ以上無駄口を叩くなら、本当に許さないから。

私の言葉に、花宮真はニィと口元に笑みを浮かべた。
なら教えてやるよ と。

「お前はとっくに俺に惚れてんだよ」

整った薄い唇が開いて、そこから出される赤い舌。
お行儀が悪い。
その舌引っこ抜いてやりたいくらい。

ああ、そうだよ、解っているよ。
そう、解ってるから、私はあんたを大嫌いだと言いたいんだよ。
大嫌いだと思わせてよ。

初めてあんたに負けた時から、私の関心と情熱の全てはあんたに向いていた。
私を初めて負かした相手。
私よりも魅力的な相手。
絶対に勝てないと知っていながら、必死になって目で追って、目の敵にして、たくさんの理由を探して嫌いになって。
我ながらなんて馬鹿なんだ。

だって、そうでもしなきゃ。
嫌いにでもならなきゃ、私があんたのことを頭に留めておく理由なんて、どこにも無いじゃない。

「大嫌いだって言ってるでしょ」

そう、理由なんて、どこにも無い。
だから、いつもいつも私の頭に居続けるあんたのことが、私は嫌い。
本当に本当に、大嫌いだよ、花宮真。

すると、花宮は鼻で嗤って、私の頭を優しく撫でた。

「知ってるよ、バァカ」

20140310



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