大嫌いな彼と関わってしまう



「お前はいつもつまらなそうな顔をしているな、なまえ」

ハードポーカーフェイスな康次郎には言われたくない。

「全く、花宮を見ろ」

見たくないけど。

「人生思い通りになり過ぎてつまらないどころか、日々猫を被り、その優秀な頭脳を使って他人を不幸に貶めることで、全力で人生を楽しんでいるんだぞ」

それ、他人を巻き込んでる分私よりクズなんじゃないの、花宮真。
っていうか猫被りなんだ、あれ。
まあ裏表がありそうな雰囲気ではあるけれども。

「少しは見習え」

つまりは、もっと愛想よく振る舞えってことを言いたいのか。
別に相手が嫌いでなければ、普段は明るく過ごしてるつもりなんだけどなぁ。

彼の名は古橋康次郎。
私のクラスメイトであり友人。
バスケ部のエースくんであり、主将花宮真の従順な犬なり。
哀れ古橋、否 羨ましいよ古橋。
君の人生は花宮によって本当に楽しそうで、本当に何よりだ。

「あはは、嫌だよ。なんであんなのを見習って生きなきゃいけないの、出来ることなら関わりたくも無いよ」

そうして図書室に向かう。
図書室で何をするかって、夏の昆虫図鑑を返しに行くんだよ。
私は本という本はギネスブックか図鑑か漫画しか読まないって決めてるから。
多分、まともな文学を読めば、国語ももっと満点に近くなるんだろうな。

図書委員に夏の昆虫図鑑を渡し、秋の昆虫図鑑を探しに本棚を漁りたいところなのだが、確かこの間本の配置が変わったとか言っていたな。
図鑑置き場は、ああ、あんな高いところにあるのか…これまた嫌がらせの如き高さ。
踏み台を持ってこなくては。
多少面倒だが、季節の昆虫を全て暗記するには仕方の無いことだ。

「何を取りたいの?みょうじさん」

突如背後から降りかかったよく通る男の声に、思わず肩が跳ねた。
振り向くと、まだ一度も話したことも無い、にこりと笑う大嫌いな男の姿。

「…花宮真」
「で、何を取りたいの?よかったら俺が取ってあげるよ」
「別に何も取りたくないんで」
「ずっと上を見て、さっき一度手を伸ばしていたよね。無理しないで」

一体いつから見ていたんだこの男、気持ち悪いな。
渋々秋の昆虫図鑑を指差すと、ひょいとそれを取って手渡してくる花宮真。
ああ、何と言うことだろう、望んだことでは無いとは言え、私は嫌いな奴に頼ってしまったのか。
プライドもくそもない。

「ありがとう、それじゃあ」
「ああ、待って」
「は?」

ちょっと待って欲しい。
意味が分からない。
何故、手を掴まれなければならない?
嫌いな奴に触れられるだなんて、考えただけでも寒気がするというのに。
私の全身にほとばしる嫌悪感など気にも留めていないだろう花宮真は、にこりと笑ったまま、また私の名前を呼んだ。

「離して」

気持ち悪い。気持ち悪い。
私の言葉など気にもせず、目の前の男は依然として笑っている。
そうして笑顔で嫌だよ と一言。

「何が嫌なんだよ!嫌なのは私の方だっての!ほんと、離してくんない?」

耐え切れず私がそう言えば、花宮真は鼻で嗤った。
あれ…あれ?
気のせいだろうか。
なんだか花宮真の纏う空気が変わったような気がする。
私の知っている花宮真と言う人物は、とにかく穏やかで人当たりが良く、愛想も良く嫌味のない人間のはず なのだが。
おかしいな。

すると花宮真は、大声は目立つから と指を口元に当てると、そのまま手を引いて歩き出した。
ああ、ちょっと、図鑑…
というか速い、速いから、少しくらい歩幅の差を考えてくれ。
図書室を出てしばらく進み、階段の踊り場ではっとして手を振り払うと、花宮真も足を止め、こちらに振り返った。

「な、なに。なんなの?」

私の言葉に、花宮真はまた鼻で嗤う。
ああ、なんだか思っていたのと違うなぁ なんて、裏がありそうだとは前々から思っていたけれど。

「みょうじ、お前俺のことが嫌いだろ?」
「いきなり何」
「うるせーな、良いから答えろよ」
「…大っっっ嫌い」
「ふはっ!良いな、正直で。知ってるぜ、お前が今まで俺に勝とうと足掻いていた事くらい…まぁとうとう諦めたのか、今回やっと満点を落としたみたいだけど」
「煩い死ね黙れ」
「お前、プライドが高いってよく言われるだろ?物凄く自信に満ちてるもんな。流石負け知らずってか、ああごめん…俺には負けてるんだっけ」

なんだ。なんなんだ。
花宮真という男の本性は、こんなにも性悪だったのか?
みんな騙されていたのか、いや、それともこっちが演技なのだろうか。
どちらにせよ、私がこいつを嫌いであることには変わりない。

「ホント嫌いだわ、花宮真」

私が心からそう言えば、口元に笑みを浮かべて徐々に近付いてくる。
後ろに行けども、すぐに壁にぶち当たってしまって、花宮真は壁に手を付いて私の逃げ道を塞いだ。
ああ、これが噂の壁ドンか。
壁ドンとか本来の方しかやったことないなぁ、しかもされるのとか初めてだわ、なんつって。
冗談じゃない。

「俺は気に入ってるぜ、みょうじなまえ」

ホント、冗談じゃないから。
その瞬間視界が花宮真でいっぱいになったかと思うと、何だか唇に柔らかい感触。
こんなのまるで少女漫画だ。
ふと離れていく花宮真の顔に、私は驚きを隠せず、つい彼の左頬目掛けて拳を放ってしまった。

「さ、さささいてー!しね!ばぁか!!」

呆気に取られたような顔をした花宮真。
ふん、ざまあみろ。
いつも猫を被って余裕綽々な顔をしているあんたにそんな顔をさせたのはこの私だ!
なんだかよく分からないけれど、どこか勝ち誇ったような気分で、私は彼の横をダッシュで通り抜けた。

20140309



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