callme



いつからだったろう、なまえが花宮と帰るようになったのは。
近頃どうして花宮と帰っているのかと尋ねると、彼女は少し戸惑ったようにして、ちょっとね と言葉を濁して答えてみせた。
学校からは、花宮よりなまえの家の方が遠い場所にあるのに、なぜそのようなことをしているのだろう。
もしかして二人は付き合っているのだろうかと心配になってみたりもしたが、俺の知っている限りでは、その可能性は極めて低いだろうから、尚更、なまえが花宮と帰り道を共にするというのは、謎である。
彼女に尋ねたところで解決はしなかったので、次は同じことを花宮に聞いてもみたが、答えは同じだった。
ここで俺は、もしかして花宮はなまえのことが好きなのかもしれないと勘付いたので、それを本人に問うてみたけれど、本気で言ってんのか と一蹴された。
しかし彼は他人に中々本音を言わない性分であることは知っているし、あまり詮索されたくないこともあるだろうと思って、しつこくは聞かなかった。
それに花宮がなまえに告白したところで、なまえ自身は俺のことを気にしてくれているようだし、まず成功することは無いと思う。

それからしばらく経ったけれど、未だに二人は共に帰っていた。
全くもって謎だった。
時々花宮が俺の方を向いたけれど、特に気にすべき点では無かった。
だが、二人で途中にある花宮の家に入り、二時間程出てこなかった時は、さすがにどうかしていると思った。
部活が終わるのが二十時だから、なまえが家に帰ったのはつまり二十二時過ぎ、これは、たとえ花宮が送っているとは言え、年頃の女性にとっては危険極まりない。
もしもそこに数人に暴漢が現れたなら、花宮一人でどうにか出来るとは思えない。
俺が加勢したって難しいかもしれないけれど、そこで花宮が残って、俺がなまえを安全な場所に逃がすことは出来るわけで。
それからも何度か、なまえが花宮の家に寄ることや花宮がなまえの家に寄ることがあった。
なまえの家に花宮が行く場合は彼女にとっての危険は少ないけれど、その間花宮はずっとなまえの日常や香りに囲まれているというわけで、それはそれであってはいけないことだと思った。
だかそれを言うなら、なまえが花宮の家に行くと、花宮の家になまえの痕跡を残すというわけで、これについては、花宮を少し羨ましく思った。

「あ、えっと、これ落としたよ」
「ああ、ありがとう。助かった。そういえばなまえ、昨日は少し、寝るのが遅かったんじゃないか?あまり遅いとなまえが体調を崩すんじゃないか心配だ」
「え?」
「ああ、お節介かもしれないな、ごめん。でもなまえを心配しているのは本当だからな、じゃあ」

そういえば最近、なまえは俺の名前を呼んでくれなくなった。
花宮の名前はよく呼んでいるのに、なぜ俺の名前は呼んでくれないのだろう。
俺は名前を呼ばれるというのは結構大事なことであると考えているから、意識してなまえの名前を呼ぶようにはしているのだけど、気が付いているんだろうか。
それにあまり目も合わなくなったし、もしかしてなまえは俺のことが好きなのだろうか?
そうなのだとしたら、告白をされれば俺はもちろん受けるつもりだが、中々告白をしてくる気配は無いので、不思議だ。
しかし俺から告白するというのは今のところ考えられないので、俺はただ、彼女の身の周りの安全と彼女の安心を守るだけだ。
従来女性は守られる生き物であるから、この守られている日常は、内心喜んでいることだろう。
素直に言ってこないところを考えると、なまえはやはり照れ屋なのだろうと思った。

「…なあ康次郎、一つ聞きたいんだが、お前はなまえの何なんだ?」

ある日突然、花宮が俺にそう言った。
俺がなまえにとっての何なのか?悪いけれど、言っている意味がよくわからなかった。
俺はなまえを大好きで大好きで愛しているし、おそらくなまえも同じことを考えているからして、付き合っているも同然である。
そんなこと、見ていればわかるだろうし、あえて今更言うようなことでもないと思う。
近頃は気のせいか減ったけれどなまえはよく俺に笑いかけてくれるのだが、俺は笑うのは得意でないから、別の行動でなまえへの愛を示しているつもりだ。
それを見てわからないというのは、花宮は少し鈍感が過ぎるのかもしれない。

「付き合ってんのか?」
「まあそんなところだ」
「へぇ」
「それより花宮、なまえは昨日歯ブラシを新しいものに変えてたな」
「…そうだな」

その会話はそこで終了した。
なぜ尋ねたのかその意図を聞き出す機会を失ってしまった。
まあ、特に気にすることでもないだろう。
その翌日から数日経つけれど、なまえと花宮は早めに帰宅するようになった。
俺は早く帰る理由が無かったので最後までやっていたが、やはり二人で帰っているのは心配なので一度早く切り上げようとしたが、原と山崎に引きとめられて、残念ながらそれは叶わなかった。
なまえを守ることが出来なくて、とても辛かった。
なので、今日は初めから学校を休み、部活にも参加しないことにした。

何時もの時間。
暗くなり街頭に照らされた校門から、なまえと花宮は出てきた。
俺は何時ものように二人の後ろを歩いた。
けれど最近はなまえの困ったような顔しかみていないため、驚く顔が見てみたくなった。
おそらく、近頃はあまり話していなかったのだから、なまえは喜んでくれるだろう。
先回りをしよう。
一人暮らしのなまえの家。
玄関で迎えよう。
ああ、まるで夫婦生活の始まりのようで
なんだか新鮮な心持ちだ。
鍵を開ける手間が無いようきちんと開けて待っていたのだけれど、存外、なまえは鍵を回してしまったので、もう一度ロックされてしまった。
また開ける手間が増えてしまった分を考えると、かえって面倒になってしまったみたいで、少し申し訳ない。
ドアノブが回され、ガシャンとドアが音をたてる。
これでなまえは鍵が閉まったことに気が付いたらしい、よかった、これでようやくなまえにおかえり と言うことが出来る。
待ち侘びた。

「なまえ、おかえり」

ドア越しにそう言うと、高い金属音がした。
なまえが鍵を落としたみたいだ。
感動してしまったのだろう。
迎え入れて早く抱きしめてあげようと、鍵に手をかけると、バタバタと走る、ローファーの硬い音が聞こえた。
そしてすぐに、なまえの悲鳴によく似た、花宮を呼ぶ声。
なぜ、また花宮を呼ぶのだろう。
今は俺がなまえを迎えている時だと言うのに。
不思議で堪らないのでなまえに尋ねてみようと、俺はドアを開けた。
俺の足元には、先ほど彼女が落としたと思われる鍵と鞄が落ちていた。
そこから少し離れたところに、座り込んでこちらを見るなまえと、なまえの肩を抱く花宮がいた。
なまえは涙を流して悲鳴をあげた。

「おかえりなまえ、鍵、落としたら危ないだろ?きちんと持っていないと、知らない奴に拾われたりしたら、危ないじゃないか」

鍵を拾いあげると、花宮が俺の元へと歩み寄ってきて、胸倉を掴み上げた。
なぜだ?
ただ鍵を渡そうとしただけだというのに、花宮に邪魔される筋合いは無いと思う。
すると、花宮は俺の右頬を思い切り拳で殴ってきて、俺はその衝撃で地面に尻をついた。
そして見上げる暇もなく、そこに加えて蹴りまで入って、中々に首と顔が痛い。

「なあ古橋、お前自分で何してんのか分かってんのか?おい。お前、頭おかしいって」
「花宮こそ、いきなり人を殴り蹴るのは、頭がおかしいんじゃないか?」
「…本気かよ」

花宮はそう一言呟くと、またなまえの元へ戻り、携帯電話で電話し始めた。

「ええ、みょうじの自宅でお願いします」

そう言って、通話は終了した。
ほんの数秒。よくわからない。
それよりも気になることは、なまえがなぜ花宮と帰るのかと言うことだ。

「なまえ、」

今も、花宮の元へ走り寄ったりして。
正直なところ、俺という彼氏がいるというのに、それは失礼な行動だと思う。

「こ、来ないで…っ」
「? …どうしたんだ、なまえ」
「いやっ、花宮!」

は な み や ?
また、花宮を呼ぶのか、なまえ。
なぜ俺じゃないのか。
なぜいつもいつも、関係のない花宮を呼ぶのだろう。
肩に触れた手を振り払われ、俺はショックでそんなことを考えていた。

「なまえ、俺よりも花宮のことが好きなのか?あんなに俺を好きだって、言ったのに」

なまえは花宮の胸へ。
なぜだ?なぜだ?なぜだ?
なまえの大きな瞳からは涙がこぼれていた。

「知らない、そんなの」

そしてその言葉を最後に、どこからかやってきた赤い明滅が、俺の視界を奪って行った。
俺はただ、なまえに…





やっぱ古橋はstkだべ。
20140127



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