さようならこんにちは
「お前、それ…」
一体どうしたんだ。
そう言いたげな目で私を見る、綺麗な銀髪の男は、同僚。
名前はスクアーロ。
イタリア語で鮫という意味らしいけど、私はイタリア語に興味が無いから、あまり意味の無い情報だ。
「ん?ああ、これ。切ったんだ」
口を開けたままのスクアーロ。
返事の代わりなのか、見りゃわかるとでも言うように、短いため息が返って来た。
「そんなに似合わないかな?」
「似合う、似合わないって言うよりよぉ…」
なぜ、いきなり?
彼の口はそう動く。
私に言わせれば、髪を切るのに理由はあれど、わざわざ他人に断りを入れますか?という感じだ。
いきなりも糞も無い。と、思う。
「何かあったのかぁ?」
「乙女心はデリケートに扱えよ、スクアーロ」
そう流すようにからかえば、押し黙り、「きちんと答えやがれ」と睨みを利かせてくる。
君、目力凄いんだから、もっと加減して他人を見ないとさ、本人に睨んでるつもりがなくても、見られた側には軽い恐怖だよ。
私はもう、慣れたけど。
暫しの沈黙が続き、その重い空気に耐えられなくなったのは私。
「言えと?」
「ああ」
私と君は、そんなに親密な仲だったっけ。
なんて、言えば困るのは私の方。
彼は拗ねた子供のように、しかめっ面で私を見る。
「まあ…言うなら、君のせいだよ」
「はあ!?…俺が何かしたかぁ?」
案の定 な反応を返すスクアーロは、安直な男だと常々思う。
そしてすぐに不安になる。
他人に対して自分への自信が無い。
彼の特徴の一つだ。
本当、彼には悪いけど、言ってしまえば「君のせい」なんだ。
せい、と言えば聞こえは良くないけど、実際髪を切ることがネガなのかポジなのかよくわからないから、今は悪い方に寄せて言っただけ。
ほら、よく言うよね。
失恋したら髪を切る って。
私がそう言うと、スクアーロは浅く腰かけていた椅子からガタリと立ち上がった。
「お前…失恋って…」
「何、まだ話は終わってないよ」
「じゃあ、何があったんだぁ」
本当にせっかちだなぁ、急ぐことは決して良くない、むしろ悪い。
日本のことわざにもある通り、急ぐ時ほど冷静に、決して焦らず回り道をするほどに。
そんな心構えが必要だ。
特に、私の話を聞くときなんかは。
「失恋して髪を切るのは、気持ちの変化や、何かに対してのけじめ、想いの整理なんかの理由があってのことだろ?それだけの変化があったのさ。今回は、その変化が君に関係していただけのこと。」
今まであまり言葉を話していなかった私が一気に喋ったことに驚いたのか。
それとも、引いたか。
何か考えているか。
どんな理由かは知らないが、呆気にとられたように黙っているスクアーロ。
「何、黙ってるんだい」
「…まるで心当たりが無え」
というかそもそも、君はこんな風に考えているだろう。
私の感情の変化だとかそう言うものに、自分は介入出来る程の立場じゃない、と。
それが大きな間違いで。
気付けない理由。
その先入観が完全に、気付く点と点を見逃している。
「気付かなくていいよ」
私が席を立ち上がりながらそう言えば、満足のいっていないような顔をしている。
なんだか、理不尽に親に叱られた子供のようでもあるが、これでいい、これでいいのだ、何を言うこともない。
知らなくて良いこともある。
彼は眉間の皺をより深くする。
私はそんな彼を背に、光の少ない広間を後にした。
君と恋人が別れた。
こんなに喜ばしい事があるだろうか。
いや、きっと無いだろう。
だから私はさようなら。
今までの悄気た自分にさようなら。
他人の幸せを祈れない。
他人の不幸を喜んだ。
そんな可哀想な自分は、昨日までの長い長い髪の毛と一緒に、捨て去った。
そうすれば、こんにちは。
自分の幸せを想い描ける自分。
またこの髪に、想いを溜める。
シドの御手紙を聞きながらだったんですが、これ、ただの髪切った嫌な女じゃないすか。
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