午後授業〈combat training〉



 今日の午後は戦闘訓練の授業がある。俺の最も得意とする分野。
 そして、戦闘訓練では空山の実力を目にすることができるという期待もある。

 明らかにあの女、強えからな。下手したら、俺よりも……

 まあ、期待外れに終わらなきゃいいが。

「ねえ、晶ちゃんのコスって、もう用意されてるのかしら?」
「うん、あるよ」
「用意されるのが早いのね。転校前にデザインをオーダーしたの?」
「そうだよ。私、そういうの考えるの苦手だからすごく迷ったんだけど……」
「どんなデザインなのか楽しみだわ」

 まあ、たしかに、どんなデザインのコスなのかは気にな……
 ならねえ。全然気にならねえし。
 
 着替えのために男女わかれて更衣室に向かう。

 玉の野郎がまた覗く覗かないの話をしてるのがうぜー。
 いつもいつもよく飽きねーな。
 好意もねーやつのハダカなんぞ見てなにがウレシ―んだよ。

 着替えが終わり、訓練場に全員が集まる。
 その中に、ひときわ黒い衣装の女、空山が自信なさげに立っていた。

「お前、なんでそんな自信なさそーなんだよ」

 話しかけると、空山は言った。

「思ったよりもぴちぴちスーツでびっくりしてるだけ」

 そう言われてみるとそうかもしれない。
 ただ、それ以前になにか、こいつは自信がなさそうに見えるのだ。

「そういうことじゃねー。なんかあんだろ」
「えっと……」

 そんな話をしていると、教師たちがやってきて、訓練が始まってしまった。


*****


「なんかあんだろ」

 爆豪くんにそう言われたとき、私の頭の中では過去がフラッシュバックしていた。

『お前はいらない子なんだ』

 お父さんの言葉。
 私は女の子だから、いらない子だっていう意味。
 男の子なら、頑強なヒーローを目指せたのに、という意味。

「おい、授業始めるぞ」

 相澤先生の声ではっとした。
 いけない。ぼーっとしてたように見えたかな。

 ここからは訓練に集中しないと。

「今日は個々で訓練をしてもらう。初日ってんで俺は空山を見るから、他はマイクに見てもらえ」
「はーい」
「はいを伸ばすな」

 どうやら相澤先生が一対一で見てくれるらしい。
 まあそうだよね。私だけこの授業、初日だし。
 相澤先生はドライな感じかつストイックな感じで、とても教え方が私に合いそう。

「よろしくお願いします」
「ああ」

 戦闘訓練、開始。

「まずは個性でどんだけのことができるか、見せてみろ――」


*****


 いつも通り自主訓練をしていると、急にあたりがざわつき始めた。
 でっけえ影ができて、なにかと思って振り向いたとき。

 そこには、でかくて黒い大岩があった。
 あたりは水浸しで、シャワーのように水が降ってきていた。

「なんこれ……」

 丸顔が呟いて、それを最後にあたりがしんと静まった。

 大岩のてっぺんに、空山が立っている。
 降り注ぐ水の中に立つ姿が、なんだか、綺麗に思えた。

 これを、空山がやったのだということだけはわかった。

 これがなんなのか、それがわからなかった。

「すげぇな」

 先生が呟く。
 空山は滑るようにして大岩から降り、地面に立った。

「こんなに大きくするつもりは……ただ、全力を見せた方が良いかと思ったので」
「個性は岩漿と水……だったか。マグマを水で固めて黒曜石にしたのか。……ふん」

 どうやら、この黒い岩の正体は黒曜石らしい。

「そうです。少し複雑な形までなら、作れます。剣とか」
「やってみろ」
「はい」

 次に空山が生み出したのは、真っ黒な剣だった。
 左手からマグマを生み出しながら、右手の水で冷やす。そういう理屈らしい。

「どうでしょうか」
「上出来だ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、次はその剣で動いてみろ。爆豪、お前相手してやれ」

 先生に指名され、はっとする。

「は?」
「はじゃねえ。お前が適任なんだよ」
「……やってやるよ」

 半分野郎みてーな個性でなんかムカつく。
 だから、ぶちのめしてやろうと思った。

「お手柔らかに頼むぜ」

 手から爆撃を出しながら言うと、空山は「こちらこそ」と言って黒曜石の剣を構えた。

「お前が強かろうとォ……俺に敵うわけ、ねーんだよ!」

 右腕を思いっきり振りかぶる。
 よけられるのはわかっていた。

 ので、飛んでくる斬撃に向けて……左で爆破を決める。

 黒曜石の剣は弱めの爆破では折れないらしい。
 じゃあ、爆撃を強くするまでだ。

「もらったァ!」

 右で剣めがけて正面から爆破する。

 外野がキャーキャーうるせえ。
 煙幕でなにも見えない。
 すると、次の瞬間――

 ごっ、と、右頬の骨に響く鈍い音がした。

「ぐっ……」

 口の中が切れた。血の味がする。
 晴れてくる煙幕の中に立っている空山は、左のこぶしを握っていた。
 殴られた……のか? この俺が?

「そこまで」

 先生の声が聴こえる。

「空山、最後は個性でこぶしを強化すべきだったな」
「はい……!」
「爆豪、お前は焦りすぎてた。煙幕張る前にきちんと状況見ろ」
「……ウス」

 そこで、終礼の鐘が鳴る。

「すごいや空山さん……かっちゃんに一発入れるなんて……」
「うるせえぞデク!」
「ひっ、ご、ごめん!」

 ああもう。
 あいつ、空山……たぶん、反射神経も運動神経も俺と並んでやがる。
 それに、基礎の武力。体術にも長けてる。どこかで仕込まれてるな。
 加えて剣術まで基礎以上ときてやがる。

 ……とんでもねーやつ。

「ふはっ……!」

 これは、惚れるしかねーわ。



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