戯れ〈get along〉



 授業の一時間目が終わって休憩時間になると、こぞってクラスの奴らが空山に群がる。
 そんなに集まったら混乱すんだろーが。

「ねえ! アタシ、芦戸美奈! 晶ちゃんって呼んでもいいー?」
「全然いいよ。私は美奈ちゃんって呼ぶね」
「俺、切島鋭児郎! 切島でも鋭児郎でもいーぜ!」
「じゃあ鋭ちゃんとか」
「まじか!? そうくるか!?」
「あはは、冗談」

 後ろの席だから見えねーけど、クソ髪の鼻の下伸ばしたツラが目に浮かんで気に入らねー。

「かっちゃん、なんか大変そうだね、空山さん」

 デクが話しかけてきてうぜー。

「知るかよ」

 そう、俺は知らない。なにも知らない。
 空山とかいう女のことはまだ知らないし、知ったこっちゃないのだ。

 あの目に吸い込まれそうになったなんて、そんなことはなかった。

「上鳴電気ってんだけど、空山ちゃん、今度お茶しねえ?」

 いや、ある。
 知ったこっちゃ、あるかもしれない。

 アホ面の言葉に自分の中のなにかがぶちキレる音がした。

「か、かっちゃん?」
「うるせえ黙っとけ」

 俺はおどおどしたデクの横を横切って、空山の席がある後ろに向かった。
 周りの奴らは俺に見向きもしねー。
 じゃあ、向かせてやる。

「おい、ちょっとツラ貸せや、空山」


*****


「おい」

 あまりにあまりな質問攻撃の中、突然のお茶のお誘いに「えっ」と固まっていると、爆豪くんの声がする。

「ちょっとツラ貸せや、空山」

 ああ、そうか。
 そういうことか。

「喜んで」

 爆豪くんは、たぶん私を助けようとしてくれている。

「えー! 今お茶に誘ってたの俺なんですけど!」
「うるせえ! 黙っとけ!」
「酷い……」

 上鳴くんはしゅんとした表情をする。

「来い」

 す、と、手を差し出してくる爆豪くん。
 私はその手を握り、彼の歩くまま、着いていった。

「爆豪くん」
「なんだよ」
「ここ、人いなくていいね」

 彼が連れてきてくれたのは、階段の踊り場だった。

「俺の避難場所」

 そう教えてくれた彼は、ふい、とそっぽを向いた。

「そっか、秘密の場所教えてくれるんだ」
「そんなんじゃねえ」
「助けてくれたんでしょ」
「……そんなんじゃねえ」

 不器用なのかな。

「ありがとうね」

 そういうと、爆豪くんは黙ってしまった。
 それでも、この空間がなぜか心地いい。

 そうして休み時間が終わる間近まで、私は爆豪くんと二人、踊り場で過ごした。

 この時間、もっと続いてほしいな。


*****


 爆豪が上鳴のナンパに痺れを切らして、まるでヒーローみてえに空山をかっさらっていってから、五分が経つ。
 けど、教室の中のざわめきはとどまるところを知らない。

「ば、爆豪、あいつぅ〜! さらい方がわかってねえ! なんだよツラ貸せって! オイラならもっと……!」
「ばか峯田。あんなさらい方されたら女は惚れるに決まってんじゃねーか!」
「いや、上鳴。そもそもアンタが悪いんだよ」
「そーでした」
「というか、爆豪くんが女性を助けるのが不思議だったぞ、俺は!」
「飯田、みなまで言うな。爆豪だって女助けるくらいのことすんだろ」
「ぶふっ! 轟くん、みなまで言うなって時代劇かっ!」
「? ……面白かったか?」

 たぶんクラス中のみんなが気づいてる。この空気。

(((((爆豪、一目惚れしたんだなあ〜!!!)))))

 ほっこりしてるもんな、空気。
 あの、立ち上がったときからなんかおかしかったもんな。

「轟さん、爆豪さんってあれ……」
「ああ、そうだな。一目惚れしたんだろ」
「お前らはすぐそうやって! 天然ボケ優等生ズめ!」

 上鳴のツッコミが入る。
 うん、俺も0.1秒遅かったら言ってたわ。

 そんなとき、ガララ、と教室のドアが開く。
 爆豪と空山だった。

「なに騒いでたんだよ」

 い、言えねえ〜! 口が裂けても言えねえ!
 全員がそんな雰囲気になっているので、俺が代表していっておくことにする。

「UNOしてました」

 すると爆豪が「馬鹿にしてんのか」と突っかかってきた。
 で、ですよね。

「おい、なに騒いでんだ。授業、始まるが」
「先生! 助かった!」
「は?」
「なんでもねえっす!」

 そんなこんなで、仲良しこよし休み時間だったとさ。



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