爆豪家〈face to face〉



 期末テストが無事に終わり、クラスん連中が騒いでいる中、俺は早くも帰宅しようとしていた。
 なぜなら、今日は家に空山が来るからだ。

 本当はやめとけと言ったんだ。
 それをあいつが「いいでしょ、爆豪くんのお部屋も見てみたいんだもん」なんて言って無理やり「行く」と決めたのだ。

「お! 爆豪帰んの? 早くね?」
「うるせえ! 喋んなアホ面!」
「え、ええ〜……」

 そんな感じでキツめにあしらって帰ろうとすると、

「待ってよ爆豪くん! 私も行く!」

 と空山が駆け寄ってきた。
 噂されるのが嫌だみてえなこと言ってたくせに、変わったもんだ。

「ほんとに付き合ってるんかな。爆豪くんと晶ちゃん……」
「かっちゃんが女性と交際するっていうのが僕には信じられないけど、たぶんひととあんなに距離感が近いなら、間違いなくそうだね」
「あァ!? クソデク、テメェじゃあなんだ!? 俺が男性と交際するようにでも見えんのかよ!」
「そ、そういう意味ではなく……!」

 失礼な野郎だ。
 俺をなんだと思ってやがる。

 俺だって普通の男子高校生だぜ。
 女と付き合うくれェするっつーの。
 ……まあ、普通にしてりゃだれとも付き合わなかったかもしれんが、空山には惚れちまったんだから仕方ねー。

 空山と歩いて駅に向かう。
 隣り合って電車に乗っていると、

「あれじゃん。雄英の……」
「え、カワイイ子と付き合ってんの……?」

 なんてざわざわされる。
 今更だが、これは結構空山には「恥ずかしいこと」らしく。

 俺はわざと密着して座り、耳元で言ってやった。

「見せつけてやれよ」

 そうすると空山は、

「そういう羞恥プレイみたいなのやめて……!」

 と顔を赤くするもんだから、やめらんねえ。
 耳元で囁かれる、というのがこいつには効くらしい。
 いざってときに使ってやる。

 最寄りの駅に着くと、急に「ドキドキしてきた」なんて言ってやがる。

「なに言ってんだ。テメェが来たいっつったんだろーが」
「いや、そうなんだけど、今更気付きまして」
「あ?」
「爆豪くんち行ったら、爆豪くんのお父さんやお母さんに会うってことじゃん! まだ心の準備が……!」
「はァ? んなの当たり前だろうが」

 まあ、今日は父さんいねえけど。仕事で。
 あー、でも、夜までいんなら帰ってくるか。
 ちょうどいい。

「これを機に顔合わせでいいだろ」
「その響きだと結婚を前提みたいになってますが!!」
「嫌なのかよ」
「い、嫌では……いや、まあ、いいんだけど……」

 言質取ったり。

 そんなこんなしているうちに家にたどり着く。
 玄関前で緊張している空山はさておき、俺は玄関ドアを開けた。

「ただいまァ」

 すると居間の方から「おかえり!」とでけえ声が聴こえてくる。

 家に上がらせて、居間に歩いていく。
 空山は俺の三歩くれェ後ろを歩いている。
 昔のいい女のたとえみたいだな。

「勝己、あのさァ……って……え、ええ!? ええ!? な、なに? 彼女!?」
「悪ィかよ!!」
「アンタ、彼女なんて作れたの!? その性格で!?」
「実の息子に言うことかってんだよ!」
「お、お邪魔します! お世話になってます! 空山晶といいます!」

 この勢いの中でよく喋れたな。
 空山はばかみてえに頭を大きく下げて挨拶をする。

「や、やだ〜! ウソ〜!? 超カワイイじゃん! どこでゲットしたのよ!!」
「学校」
「っていうか、この子体育祭のときはいなかったような……」
「転校生だからな」
「えっやっぱり!? じゃあ最近でしょ!? やるじゃん勝己!」

 どうせこうなるのがわかってたから呼びたくなかったんだ。

「じゃ、二階行くわ」
「はあ〜い。ゆっくりしてってね晶ちゃん!」
「は、はい!」

 行くぞ、と声をかけると急いで俺の後を追いかけてくる空山。
 なんか犬みてェ。

 部屋に入ると、空山は感動していた。

「ば、爆豪くんの匂いがするっ!」
「んだそりゃ。ヘンタイかよ」
「違うもん」

 ベッドに腰かけると、空山も「私もいい?」と声をかけてくるので許可する。

「爆豪くんのお母さん、すっごく元気で綺麗な人だね」
「どこがだよ」
「背も高くて私とは全然違うや」
「……テメェが俺よりデカかったら嫌だな」
「ねえ、前から思ってたんだけどさ」
「なんだよ」

 空山が呟く。

「テメェっていうのヤダ。ちゃんと呼んで」
「あ? じゃあ、なんて」
「晶……とか?」
「希望があるわけじゃねーんかよ。わかった、じゃあ、晶」
「う……」
「なに照れとんだ」

 晶と呼ぶと途端に恥ずかしそうにする。
 自分から呼べって言ったんだろうに。

「じゃあ晶も名前で呼べよ。こーいうのはな、早いうちに矯正しておかんと後々困るから呼び方定めておくのが定石なんだよ」
「か、勝己……くん?」
「……まあ、いいかそれでも」

 すると、不意に晶の唇に目が行く。

「なんか、今日ツヤツヤじゃねーか? 唇」
「あ……今日、勝己くんちだなーと思って……その……リップをつけました」

 んだそれ。
 ……キスを予測してのことか?

 だとしたら、可愛すぎンだろ。

 あー、今すぐキスしてぇ。
 なんて思っていたら、晶は俺の方を向いて「ん」と目を閉じている。

「……カワイイやつ」

 頬に手を当ててキスをすると、そっと目を開けて、潤んだ目で俺を見上げてくる晶。

 その顔は、ずるいだろ。

 気付いたときには、俺は晶をその場に押し倒していた。

「か、勝己くん……?」
「……悪ィ。今の忘れろ」

 ゆっくりと離れようとすると、晶は俺の背に手を回してきた。

「私ね、ほんとは、いいんだ。『そういうこと』しても」

 どくんと心臓が高鳴る。

「でも、今日はふたりっきりじゃないから、だめだと思うだけ」
「……おう」

 たまに、こいつの恥ずかしがるポイントがわからなくなる。
 告白のときもそうだ。
 急に『私のこと好き?』なんて聞いてきやがったし。

 結構、この状況は我慢すんのきちィな。
 
 ぶっちゃけ勃ってんだよ、もう。こっちは。

 でも、晶の言う通りだ。
 今日は母さんが家にいるからできるもんもできん。

「せめて、抱きしめさせろや」

 そういうと「うん」と言って俺の背中に回した手にぎゅっと力を込める晶。

「……好き」
「うん」
「クソ好き」
「私も」

 そうして数十分は経過しただろうか。
 満足するまで抱きしめ合い、俺たちはその後雑談しながらゲームなんかをして一緒の時間を過ごした。

 帰りは夜になっちまって父さんと軽く顔を合わせた。
 メシは後にして、電車使って送っていくことにした。

 電車で寝ちまった晶を見て、こんな平和がずっと続けばいいのに、と思った。



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