逢瀬〈Date〉



 待ち合わせの一時間以上前に着いちまった。
 我ながら、いくらなんでも早すぎンだろ。なあ。

 まず約束の時間に遅れたくねーってのもあったが、俺が遅く来たらだせーだろって理由で早く来ちまった。

 そこらへんの喫茶店に入って待つか、と扉を開けると、聞きなれた声が聴こえてくる。

「あれ? 爆豪くん?」
「は? なんでいんだよ」
「なんでいんだよは酷いなあ。初デートの待ち合わせに遅れたくないから早く来たんだよ。それであまりにも時間あるなあって思ったから、喫茶店に来たの」
「だからって一時間以上前に来るかよ」
「爆豪くんだっているじゃん」
「……俺はいいんだよ」

 空山は「なにそれ」といって笑う。

 空山の今日の服装は、空色のふわふわしたスカートに白いブラウスだ。
 なんつーか、思ってたより女っぽいな。
 いや、女なんだから女っぽいもクソもねーんだけど。

「まあ、とりあえず座んなよ」
「何様だよ」
「晶様だよ」
「うぜえ」
「酷いなあ」

 空山の座るカウンター席の隣に腰かけると、店の店主がお冷を置いてきたので、それに口をつける。
 アイスコーヒーを頼んで待つ。
 思ったより早く注文したコーヒーが来たので、それを飲み干す。

「飲むの早くない?」
「喉乾いてたんだよ」
「ゆっくり飲まなきゃおなか冷えて壊すよ」
「お前は俺のオカンか」

 そういうと、空山は「残念、恋人でーす」なんて言ってくる。

 しばらく喫茶店で過ごして本来の待ち合わせ時間になったので、店を出ることにする。
 すると、いつ出したのか五百円玉をカウンターの下で手渡してくる空山。

「いらねェって」
「まあまあ」

 ぎゅっと握らされたので仕方なくもらう。
 奢られたくないけど金を堂々と渡すのも嫌、俺が奢っているように見せたいっつーことか。
 変な気の回し方しやがって。

 店を出ると、日もてっぺんに来かかっていて、少し暑かった。

 今日は一緒にショッピングモールを見て回る予定だ。
 少し回ったら昼食をとって、また見て回ったら送って解散。

 ショッピングモールでは手を繋いで歩いた。
 ……はぐれたら困るからな。

「ショッピングモールって好きなんだよね」
「なんで」
「非日常って感じがして」
「非日常が好きなのかよ」
「うん。でも、暮していくなら安定感が欲しいけど」
「ずいぶん現実主義なんだな」
「爆豪くんはショッピングモール好き?」
「どっちでもねェ」
「えー、そこは好きって言いなよ」

 空山はつまんなそうにブーイングをする。
 つってもなあ……

「こういうのは、どこに行くかより、だれと行くかのが大事なンだよ」

 そういうと、空山はふふ、と笑う。

「私といて楽しいってことだ」
「いちいち翻訳すんじゃねー」
「悪態をついている爆豪くんも可愛いよ」
「可愛い言うな」

 不服だ。
 前はかっこいいなんて言ってたくせに。

 すると、空山はショッピングモールに併設している銀行を指さして言った。

「あ、ごめん。ちょっと寄ってもいい? 待ってて」

 着いた頃には開いてなかったからおろせなかったんだと。

「おう」

 この選択を、俺は後に後悔することになる。


*****


 銀行に入ると、人が多く思ったよりも並びそうだった。
 お金をおろしたいだけなんだけどなあ。
 まあ、そういうひとがたくさんいるからこんなに並んでるんだよね、仕方がないか。

 とはいえ、並ぶのは好きではない私は、まだかなーとそわそわしてしまう。

 と、そのとき。

 ガシャンという音がして、急に出入り口のシャッターが閉まり、警報音が鳴った。

「金を出せ!!」

 銀行強盗が押し入ってきたみたいだ。
 こんなの初めての体験だ。

「こちらには銃もある! 大人しく金を渡せ!」

 しかも銃を持っているときた。
 銃の本物偽物はどうでもいいとして……

「客はこっちに固まれ! 手を挙げて大人しくしろ!」

 さて、どうしたものか。

 今日は初めてのデートだっていうのに。


*****


 背後から大きな音がして、なにかと振り返れば、銀行の出入り口のシャッターが閉まっていた。

 まさか、強盗か?
 いや、そんな、こんな大きなショッピングモールの大きな銀行で……
 いや、大きいからこそ、あり得る。

 博打打ちというやつは、より大きな勝ちを求めるものだ。

 そんなことは、とりあえずどうでもいい。

「中にあいつがいンだろーがァ……!」

 俺が個性でシャッターを壊してもいいが、壊せば中のやつらが空山を傷つけないとも限らねえ。
 それに、個性の武力行使は、ヒーロー資格未所持者には許されていない。

 どうしろってんだよ!
 つーか、初めてのデートでこんな仕打ちねーだろ!

 すぐに警察やヒーローたちが駆けつけてくる。
 
「君! ヘドロのときの雄英生だよね!? 今どうなってる!?」
「あ!? 強盗が入ってきたんだろーが! 見りゃわかンだろ!」
「口悪いな! そうか……どうしたものか。この銀行は見ての通りショッピングモールに併設されているからね。周囲を包囲できないんだよ……」
「そこをなんとかすんのが警察やヒーローの仕事だろ! 俺がやってもいいとこを、法律があっから我慢してンだが!?」
「ごめんごめん。中に友達でもいるのかな」
「カノジョ」
「そうか……責任を持って俺たちが必ず助けよう」

 クソ!
 あいつのためになんもできねーのが悔しい。

 個性も使えねーとなると、いくら空山だって……

 ……いや。
 わかんねーな。

 なんてったって、あいつは体術で俺に一発食らわせた女だからな。


*****


 さて、どうしたものか。
 まず、怯えているひとたちに声かけを。安心させなきゃ。

「大丈夫、みなさん落ち着いて。きっとヒーローが助けに来てくれますから」

 私が落ち着いていれば大丈夫。

 少し落ち着きを取り戻したお客さんたちを横目に、私は銀行強盗の一人を睨みつけた。

「あ? なに見てんだ、オイ」
「いいえ。別……にッ」

 そしてカウンター。顎を蹴り上げると、大男が倒れこむ。
 銃を構えてきた別の男に近づき、銃をロックしながら脳天に肘鉄を食らわせる。
 そして、後ろからとびかかってきた男に大ぶりの回し蹴り。
 最後に見張りの男の顔面に右ストレート。

「ふう……」

 一瞬のことで、お客さんたちはぽかんとしている。
 そして、一斉に拍手喝采。

 それを聞いてか、シャッターが開き、そこにヒーローたちが突撃してくる。

「君か! これをやったのは!」
「えっと、一応……あ! 個性は使ってないですよ! だから逮捕とかは……」
「個性を使わずにやったのか!? とんでもない高校生だな!?」
「はは……」

 ヒーローの一人とそんな会話をしているうちに、強盗たちは縛り上げられて連行されていく。

「空山!」

 そして、爆豪くんが駆け寄ってくる。

「はっ! やっぱり、やりやがったかよ」

 鼻で笑って、そう言う爆豪くん。

「やりやがったって」
「褒めてンだよ」

 褒められている気がしない。
 けれど、「無事でよかった」という爆豪くんの言葉は素直にうれしい。

「デート、ダメになっちゃったね。たぶんこんなことがあったから、今日はショッピングモールも閉まっちゃうし」
「あ? まだ時間あんだろーが」
「時間はあるけど……」
「じゃ、お前んち行くぞ。それでいいだろ」

 予想外に解散にならなかったことに驚きつつも、「うん」と答えると、爆豪くんは私の頭をぽんぽんと撫でた。

「ついでにメシ作れや」
「手作りのごはんが食べたい、ってことね」
「だから翻訳すんなって」
「ふふ」

 私たちは手を繋いで家に向かって歩いた。

 おうちデートに気分を切り替えていきましょう!



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