「俺に抱かれろよ」
花宮くんのその急すぎる言葉は、眠気を振り払うには十分すぎる衝撃を私に与えた。
「だ、抱かれろって……」
「セックスだよ。わかるだろ?」
「わかる、けど」
急にそんなこと言われても、困る。
私が黙って俯いていると、花宮くんは
「嫌か?」
とだけ、訊ねてきた。
「嫌じゃ、ないけど」
「けど――なんだ?」
「なんでもない。うん、抱かれる」
「言いたいことがあるなら言えよ」
「……じゃあ、ひとつだけ」
「ああ、なんだ」
「シャワーを浴びさせてください」
「ふはっ」
「な、なにさ」
「いや、別に? いいぜ、浴びて来いよ。俺もみょうじの後に浴びる」
なんだか、ずるい。
絶対に花宮くんが私のことを好きなのよりも、私の方が花宮くんのことが好きなのに。花宮くんが私を好きになるよりも、私の方が花宮くんを先に好きになったはずなのに。悔しい。
シャワーを浴びながら、そんなことを考える。
ああ、私、本当に今から花宮くんに抱かれるんだ。いいのかな、これで。本当に、いいのかな。
ううん。いいに決まってる。
この愛は本物のはずだから。
この愛こそが、本物のはずだから。
許されるのなら、この愛だけを抱きしめて、この先の人生を歩んでいきたい。
花宮くんは人の気持ちを弄んだりするタイプじゃない。人間関係に大きく影響するようなことでは、特に。
寂しい、のかもしれない。
最愛のお母さんが死んじゃって、寂しくて、こんなことを言ったのかもしれない。
でも、それでもいい。
私が、お母さんがいなくなってしまった穴を埋めてあげられるのなら。
私なんかで、花宮くんの心の隙間を埋めてあげることが出来るのなら、なんだっていい。
シャワーを浴び終えて、下着を着けて、キャミソールにショートパンツ姿で花宮くんの待つ居間に行く。
「じゃあ、俺も浴びてくる」
通りすがりざまに、私の頭をぽんと撫でていく花宮くんは、本当にずるいなあと思った。私がどきどきすることばかりしてくるんだから。
居間の電灯を消して、私の部屋に行き、ベッドに座る。こういうとき、どうするのがいいのかわからない。とりあえず、待っていたらいいのかな。
しばらくすると、花宮くんがシャワーからあがる音がして、勢いで布団に潜ってしまった。や、やばい。寝たふりしたみたいになっちゃった……
ぎしぎしと床の軋む音がする。
近づいてきている。
「みょうじ」
花宮くんが優しい声音で私を呼ぶ。
「ね、寝てますっ」
「嘘吐くな」
「わ」
花宮くんが座ったことで、ぎし、とベッドが軋む。
私の頭を撫でてくる花宮くん。
ああ、ああ。どうしよう。こんなにどきどきして、どうしたらいいんだろう。心臓が破裂してしまいそう。
「こっち向けよ」
「う……」
「早く」
「……はい」
寝返りを打つと、暗い部屋の中で、花宮くんと目が合う。
すると、花宮くんは私の両手首をがっしり掴んで、組み敷かれたような体勢になる。
じっと見つめあう。
そして花宮くんが、ひとこと。
「いただきます」
首筋に舌が這わされる。
くすぐったい。けど、どこか幸せな気分。
私もひとこと、返す。
「めしあがれ」
目が覚めると、時刻はお昼前だった。
隣には、すうすうと寝息を立てる花宮くんがいて。
微かに残る腰痛に、眠りこける前のつい先程、本当に自分は花宮くんに抱かれたのだということを実感した。
起き上がろうとすると、手首を掴まれて、ぼすんとベッドに再度倒れ込んでしまった。
「あ……おはよう、花宮くん」
「おはよう。どこ行くつもりだった?」
「えっと、服着ようと思って」
「必要ないだろ。もっと見せろ、ありのままのお前を」
「恥ずかしいこと言わないでよ」
「お前の柔肌が心地いいんだ」
「……わかった、着ない、着ないよ」
花宮くんの鍛えられた腕を枕にして、向かい合って見つめ合う。
「いけないことしちゃったね。まだ私たち、高校生なのに」
「今どき普通だろ」
「そうかなあ」
「そうだよ。同じバスケ部の一哉あたりなんか、やりまくりだぜ」
「一哉? 原くん?」
「そう、その一哉だ」
「モテるもんね、原くん。そんなこと言ったら、花宮くんもモテるけどね。今まで誰かと、こういうことはしてこなかったの?」
「当たり前だろ。俺がいつからお前のことを好いてたと思ってるんだ」
「わかんない」
「俺もわかんねー」
「ふふ、なにそれ」
「わかんねーくらい前からってことだよ」
「そっか。私もそうだよ」
私の言葉に、花宮くんは軽くほほ笑んで返して見せた。それに対して、私も笑って応える。
「あのね、花宮くん」
「なんだ」
「私、許されるなら、花宮くんのことをずっと好きでいたい。今日こうして抱いてくれたことで、なんだかね、独りじゃないって思えた。こんな風に言うと、なんだか花宮くんのことを利用しているみたいに聞こえるかもしれないけど、違うよ。あのね……」
「わかってるよ。そんなこと言ったら俺の方こそ、みょうじを利用してるみたいだろ。母親が死んで、寂しさを埋めているようにも映るだろうさ。でも、違うんだよ。考えていることはきっと一緒だ」
「そう、かな……そうならいいな」
「俺だって、許されるなら、ずっとお前を好きでいたいと思ってる」
その言葉を聞いて、のどが痛くなる。目頭が熱い。涙が込み上げてくるのを我慢していると、花宮くんは私の頭を撫でて、
「泣くなら泣けよ。俺の前では」
と言った。
ああ、いいんだ。
私、この人を好きでいても、いいんだ。
「うん、泣く。ありがとう」
(想いが通う幸せ)
20200403