時間は流れ、放課後。

「なまえ」
「えっ」
「このあと、少し話いいか?」
「ええと…う…うん」
「ありがとう」
「私、これから掃除だよ?」
「構わない、待ってる」

幸いにも今日は俺は掃除当番ではなく、部活が始まるまでの時間、ずっと暇があった。
なまえは教室掃除だったため、声をかけておいた。
担任教師や周りにいたクラスメイトがとても驚いたような表情をしていたのが不愉快だった。
教室前でぼうっとしていると、男子バレー部のた…たけ?ちがう、高橋?が、馴れ馴れしく肩を叩いてきた。

「ファイトだぞ、古橋!」

なんだかキラキラとした表情が不愉快だった。
ああそうか、もしかして、俺はこれから告白をすると思われているのか。
まさかな?するわけがないのに。
なぜならば、そんなものは昨日とっくにしているからだ。
まあ、細かいことを言わずに認めれば、確かにまた告白し直すようなものなので、全くのハズレというわけではないのだろうが。

「ごめんね古橋、待たせて」
「待ってない」
「またそうやって…まぁいいや、行こっか」

後ろで若いなぁなどと呟いた担任と、後ろから聞こえる高らかな口笛が不愉快だ。
なんだっていうのか。
そんなに冷やかしが楽しいというのか。
とりあえず廊下の端に寄せるようにして置いていたエナメルバッグと学生鞄を持ち、いつものように一階まで階段を下り、渡り廊下をすぎて部室棟を目指す。
今日は月曜で体育館を使えないので、外で筋トレと走り込み。
部員が着替えているのでなまえの荷物をともどもロッカーに置いて、ジャージに着替える。
出来るだけ待たせまいと急いで部室の外に出ると、なまえは開いた窓の前に立っていた。
風が吹き込むのを発見したらしい。
柔らかそうな髪の毛がなびいている。

「あ、鞄ありがとね」
「ああ」

外に出て、グラウンドを目指して歩く。
その途中に体育館があるので、その影ならば誰も来ないだろうし、少し落ち着いて話が出来るだろう。

「えっなに、リンチとか?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあなに」
「わかってるだろうと思ってたんだけど、違うのか?」
「…あー、うん」

昨日はごめんね、と一言謝るなまえ。

「…逃げたよな」
「逃げたね。ほんと、ごめん」
「何で逃げたんだ?」
「びっくりして、その…だって古橋が、まさか、その…ねぇ?」

徐々に顔が赤くなってきている。
まぁきっと、今の俺も似たようなものなのだろうが。

「でも、驚いたにしても、逃げられると言うのは結構ショックなものだぞ」
「…うん」
「の割に、お前はいつも通りだし」
「いつも通りに見えた?」
「ああ」
「よかったぁ、頑張ったんだよー」

変なところで頑張らなくて良いのに、むしろその頑張りのお陰で俺は今日一日、この状況はなぜか何なのかと悩んだものだ。
右手をパタパタとさせ扇ぐような仕草をしてみせるなまえは、どうやら、照れているらしかった。

「…それで、なんだが」
「えっ」

昨日言えなかったことがある。
そう言うと、ほんのり赤く色付いていただけのなまえの頬は、より一層赤みを増して行く。
何を言われるかなんて、もう分かっているのだろう。
いつもはバカみたいに鈍感なくせに、流石にここまですると、照れるくらいには人並みの思考になるらしい。
一つ咳払いをして熱くなる顔をどうにかして冷ますことは出来ないかと目論むも、そんなものは当然不可能だ。
俺を一つ深呼吸をして、言いたいことすべてのうちの一部だけを、出来るだけ短い言葉で吐き出した。

「昨日も言った通り、俺はお前のことが好きだ、凄く凄く。だからこそ、俺がお前を思うように、お前にとっての俺を特別なものにして欲しい、と考えてる」
「………」
「だから、その、だな…」
「…うん」

長くなればなるほどに、頭が働かなくなる。
回りくどい言い方は、もう、やめよう。

「俺の、恋人になってくれ」



俺の恋人になってくれ。
古橋はそう言った。
なんだよその告白の方法は、慣れてないのはわかるけどさ、普通に付き合ってくれじゃダメなの?
余計に照れるじゃんね。
そうだ、古橋康次郎というのは、恥ずかしい男だったんだ。そう思っておこう。

「…どうだろう」

そうは言われても、少しばかり困る。
確かに古橋は付き合えば楽しいだろうし、まあイケメンではあるし、優しいし、可愛いところあるし、当然好きっちゃ好きだけれど。
でもその好き は、他の男バスレギュラーの花宮だとかザキだとか原だとかと、似たような感じというか、同じというか。
…あ、健ちゃんはまた複雑だから、それは今は例外ね。
ドキドキすることもそれなりにはあるし、恋愛対象かと問われたら間違いなくハイと答えるだろうけれど、恋愛対象内イコール好きである ということではなくって。
なんて言ったら良いんだろう?
いつか「愛している」に変わる「好き」なのかどうか、ということなのだけれど…
自信を持ってそう言えない場合はやはり、答えは「ごめんなさい」が適切なのだろう。

「ごめん」

そう言った途端、古橋はいつもの無表情を、少しばかり動かした。

「でも、古橋のことが嫌いなわけじゃないよ、むしろ好きだし、付き合ってみたいなって気持ちも、無いわけじない」
「…どういうことだ?」
「…自信を持って大好き愛してるって言えないのに付き合うのは、相手に失礼でしょ」
「あぁ」

古橋は納得したように頷いた。
保険をかけるような言い方になってしまって、なんだか私も、つくづくいやらしいヤツだ。
ちょっとした自己嫌悪を感じていると、古橋はすっと私の右手をとってくる。
この人は、手を触るのが好きなのだろうか。
すると柔らかく薄く微笑んだ。

「じゃあ、なまえが俺を大好きで愛してると思うようになるまで、俺はお前を好いておこう」

迷惑なら言ってくれ、なんて言う彼だけれど、こんな風にされたら迷惑だなんて言えるわけがない。
これは、要するにこういうことでしょ?
俺はお前を落として見せるぞ って。
古橋はそんな風に考えて言ったんじゃあないだろうけどさ、そういうように聞こえるよ。

「一生思わなかったらどうするの」
「それなら、一生好きなんじゃないのか」
「…そうなんだ」
「重いな俺。ちょっと今面白かったぞ」
「自分で言っちゃうんだ、それ」
「ああそうだ、なまえ」
「ん?」
「出来たら、今日から名前で呼んでくれたら助かるんだが」
「へっ?」
「より仲良くなりたいんだよ俺は。形から入るタイプなんだが、駄目だろうか」
「え、えっと…うん。わかった」

まあ、偉そうなことは言ったけど、私も単純な奴なもんで、案外簡単に落ちそう、だなんて思ってみたりして。
今日は暑いねとか言ってみるくらいにして、ね。
右手首を見ると、時計の針は15:50をさしていた。
花宮に怒られてはいけない。
それじゃあ行こうか、と言えば、古橋…もとい、康次郎は頷いて見せた。



「あ、おはよう康次郎」
「おはよう」
「…え?なに、そこの二人、付き合い始めたわけ?」
「何言ってんの原、アホじゃないの」
「でも今康次郎って」
「古橋は康次郎だよ」
「知ってっけど」
「別に名前で呼んだっていいでしょ、なんなら原のことも一哉って呼ぼうか?」
「あ、いいねそれ」
「そこ乗っかっちゃうんだ!?」
「じゃ今日から一哉ねん」
「えー…」
「嫌そうな顔すんなよ」
「ていうか、こうなると男バスレギュラーの中で花宮だけボッチみたいだね」
「ぶふっ」
「…確かに」
「ザキはあだ名だし」
「言えてんね、それ」
「…おい、お前ら何言ってんだ、誰がボッチだって?」
「なんでもないでーす」

という、おまけ
20140203



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