瀬戸君の心事情



「なまえー」
「………」

俺は瀬戸健太郎。
霧崎第一高校のバスケ部に所属している、ちょっと頭が良いくらいの男子高校生だ。
そして今、目の前には、幼馴染のなまえ。

「なまえー、起きろって」
「……………」
「…はぁ」

両親が家にいない今、家のことに関しては彼女が世話を焼いてくれていて、よく助かっている。
今日も部活を終えたのち、部活仲間の古橋と三人で下校し、帰りに二十四時間営業のスーパーに寄って買い物を済ませて、まっすぐ俺の家へ来たところだ。
このように少し遅い時間帯だと家で作って行ってくれることもあるし、二人で寄り道して買い食いということもある。
が、大体は俺の家で作るか、それが叶わない日は、朝の時点でタッパーに詰めたおかず類をなまえが自宅から持ってくる。
飯だけタイマーで夜に炊けるようセットし、おかずを温めて食べるのだ。
ちなみに今日の献立は昨日持ってきた残りのキンピラに、ニラ玉と味噌汁だった。
素早く出来るので、卵で閉じる系のメニューはよく登場するが、俺は卵が好きなので、まあ、いいとする。
がしかし、今日ばかりは問題があって。

「…うぅん……」
「起きたか?」
「………」

俺が少し席を外しているうちに、なまえが寝てしまったのだ。
飯は美味かった。
なまえはよく冗談か本気か、いや、きっと冗談なのだろうが、俺に大好き結婚してと言ってくるものだが、俺は割とマジでなまえなら結婚しても良いかなと思っていたりもする。
最も、特別な存在ではあるが、恋愛として好きだとか愛しているだとかそういった感情があるわけではないし、何より、友人の中に想いを寄せる者がチラホラといるわけで、そんなことを本人に言う機会などは、無いわけなのだが。
まぁ、それくらい俺の口によく合った飯を作るのだ、なまえは。
しかしこればかりは、今までに述べたことなどは全て関係無くて。
なんていうか、あまりよろしくないシチュエーションになってしまっているわけで。

「すぅ…すぅ…」
「………」

よっぽど疲れていたんだろう。
そりゃそうだ。毎朝俺を起こしに来て、朝飯を持ってくるか作るかをして、学校で当たり前に授業を受けて、放課後は部活でマネージャーの仕事。
それに加えて自分は勿論俺の弁当の用意や、家での勉強などを欠かさず行うのだから、疲れていて当たり前だ。
よく考えたら俺、ほぼ毎日三食、なまえの飯食ってたんだな。
最近は当たり前になりすぎていて深く気に止めたりはしていなかったが、実際こいつに助けられているのかと思うと、なんだか愛しさすら湧いてくる気がする。
俺が一人暮らしになった初めの頃は、こんなことはなかったのだが…
つい朝飯を抜いたり、昼はパンばかりになったり、夜は面倒で惣菜尽くしになったりという不健康さを見兼ねて、なまえが徐々に俺の食生活に侵攻してきたのだ。
今は仕事で家にいない両親がこの現状を知った時は、母親が「やっぱりあんたのお嫁さんはなまえちゃんしかいないわね」なんて盛り上がっていたものだ。
しかし残念だったね母上さん、なまえは意外と周りの変人達によくもてているんだよ。
なんていうか、彼女には、仲良くなって慣れれば慣れるほど癖になるというか、そういった謎の魅力があると思う。

「なまえ、おい、なまえー?」

ベッドを占領されてしまったので、その脇に座って寝顔を見てみるが、なんというか、こう…

「うぅん…健ちゃん……」
「………」
「……んっ…」
「…勘弁してくれ」

いけない気分になる。
俺に、彼女に対する特別な好意は無いはずだし、何せ幼馴染なのだから、そういった感情は、後にも先にも抱くはずも無いのだが、おかしい。
…溜まっているのか?俺は。
気のせいかいつもよりも幼く見える寝顔に、半開きになった赤い唇、柔らかい黒髪。
膝上のスカートから覗く白い脚には、もう、俺は試されているのかと思った。
今までにこういった目でなまえを見てしまったことは、数える程ではあるが、何度かある。
しかしよくその度に罪悪感が湧いたものだ。
幼い頃を知っているからなのか、どこか彼女を神聖視している面があるというか…俺の中で彼女は、変わらず、無垢なものであるというか。
性的な感情を彼女に向けるというのは、彼女を汚してしまうような気分になってしまって、なんだか気が引けるのだ。

「なぁなまえ、いい加減起きないか、おい」

肩をぽんぽんと叩いてみるも、一瞬薄っすらと目を開けて、なんだかにっこりしたかと思ったら、また眠ってしまった。
寝ぼけているのか。埒があかない。
とりあえず一旦トイレに行ってこようと思う。
言っておくが、決してそういうことをしに行くわけではない。断じて、違う。
それこそなまえに対して抱いてしまった性的な意識からそういったことをしようものなら、俺は翌日、彼女に合わせる顔が無い。
何故ならば、彼女は俺の中の無垢であるからだ。

少しの動揺から、トイレの入り口に頭を打ったりもしたが、何とか用を足し、ついでに落ち着こうと洗面所に寄り、冷水で顔を洗った。
入り口で頭ぶつけるとか、いつぶりだろう。
学校などの公共の建物だとそういうことはないが、家などでは屈んで入るのが当たり前になっていたと言うのに、全く、どれだけ落ち着いていなかったのか、俺は。
部屋に戻ると、ベッドになまえがぼうっと座っていた。
なんだか驚いた様子だ。
無理もない、眠ってしまうとは思っていなかったのだろう。
戻ってきた俺に気が付いたのか、こちらを向いて、見上げたのち、にへっと緩く笑う彼女はやはり可愛らしく、そして無垢なのだと思った。

「寝ちゃってたね、ごめん」
「涎拭いといてね」
「えっヨダレ!?うそ!」
「嘘だよ」

一つ冗談を言えば、本気で驚いてしまうのが彼女で。
もう、健ちゃん なんて怒った風にしているが、彼女が本気で俺に怒ったことなんて、多分、無いんだろう。
頭を撫でてやると、嬉しそうに笑う。

「健ちゃんだいすきー」

そう言って俺の袖を握るなまえ。
寝起きで少したれ目がちになった大きな目や、少しだけくしゃりと乱れた髪の毛が、なんだか堪らなく愛しく感じられる。

「はいはい」

そうして俺はいつものように軽く受け流して、なまえを立ち上がらせる。
そろそろ送って行かなくてはならない。

「ありがとね」
「ん、何が?」
「いつも送ってくれて」

そんなこと、なまえが俺に言う必要があるのだろうか。

「こちらこそ、ありがとうな」

念のため確認として言っておくが、俺は、なまえの幼馴染だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
なまえは特別な存在だ。
しかし特別な好意は抱いていない。
これまでも、そしてこれからも、特別な関係になることは無い。
そう。俺と彼女は、幼馴染。



珍しく心理描写ばかり。いつものss式はどこへやら、とも思うが、本来はこういう説明調の書き方ばかりしてたりする。でも結構楽じゃない。
健ちゃん好きです。幼馴染は複雑。
20140131



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