優しい原くん



「雨…」

池袋からの帰り、一度渋谷駅で降りて道を歩くと、ちょうど雨が降ってきた。
しかも結構強い雨。
仕方なしに雨宿りをすることにしたが、この少しの時間でも、だいぶ服が濡れてしまった。
あーあ、まだ買い物があったのに。
コンビニで傘でも買おうか、と濡れるのを覚悟で屋根の下から動いたそのときだ。

「なまえ?」

そこに、よく知った顔が通りかかった。

「なにしてんの」
「は、原ぁあ!!」
「うわ、ちょっ」
「心細かったぁぁ…雨がね、雨が降ってきたんだ!まだ買い物あるのに、服は濡れるし髪も濡れるし、もー!」
「いいから落ち着けよっ」
「はぁーい」
「なに、買い物系ー?」
「チャラい。うんそう、買い物なんだけど、この雨だし傘買おうかなって思ってたとこ」

チャラくねーし なんて言いながら、ごく当たり前のことのように私の肩を引き傘に入れる原は、やっぱりなんとなく女慣れしているのだろうと思った。

「どーする?」
「ん?え、なにが?てかどこに向かってんのこれ」
「俺ん家かコンビニか、どっちから寄る?」
「原ん家いくの?」
「濡れたままだと可哀想だなーって思ったんだけど、髪と服乾かしてから帰れば?」
「ああー…そうだね、うん、じゃあそうしよう。お邪魔する」
「おっけ。あ、ここ」
「早いな」
「部活帰りいつもここで別れんじゃん」
「まさか家がここだとは思ってなかったんだって、ほんと駅近いな、金持ちか」
「んんー、まぁ普通じゃね」

こいつの感覚はどうなってんだ。
しかも高層マンションの最上階だよ、どんなだよ、地震来たら後悔しろバーカって感じだ。
マンションのエントランスホールもとんでもなく綺麗やないかい、なにこれこわっ。

「おじゃましまーす」
「おじゃまされまーす」
「なんだよそれ!ってか原の家初めて来たわ、いつも集まる時は私かザキん家だし」
「マジじゃん」
「家の人は?」
「出掛けてるわー、あ、これ使えよ、タオル」
「ありがとー」

上着を干して、髪を拭いて、床にどっかりと座る。
ベッドにでも座っていいと言われたけど、流石にまだ湿気っているのに、人のベッドに座るほど図太くは無い。

「なまえー」
「なに?」

お茶を飲んでいると、原に呼ばれる。

「お前、危機感ねーよな」
「キキカン?」
「なんでカタコトだよ。ほら、男の家に一人で来るってさ、結構アレだろ」
「童貞か」
「ちげーし。いや、マジで」
「えー…」

突然なんだって言うんだこの男は。
雨に打たれたなら来ればいいと言って、半ば強制的に連れ込んだのは原の方じゃないか。

「てか、原だし、大丈夫だよ」
「………ふーん」
「確信があるね!」
「…俺ってそんな安全に見えるー?」

意味深な相槌ののちに、またいつもの軽いテンションで冗談をかまして見せる。

「見えるよ」

私がそう答えると、そうか なんて言ってデコピンをかましてきた原。
やり返せないのが悔しい。
なぜかって?デコどころか目すら出てないからだよこの男は。

「髪切れや!」
「ザキみたいだからやめろよそれ…」
「もー帰るー、ありがとね」
「どんな変わり身だって。あ、もう雨止んだんだね、家帰るまでに転ぶなよー?」
「わかってるよ!てかそうそう転ばないし!?あ、おじゃましましたぁ」
「…へいへい」


20140119



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