ダーツの結果は、端的に言って私が負けた。

 いいの。こういうシナリオだったから。
 セミプロレベルの上級者と今日から始めた初心者とでは、勝負の結果は見えてる。
 もはやわざと負けたと言っても過言ではないね。いや、別に強がりとかではなくてね。

「で、今日一日俺の言うことを聞くってか」

 正座する私の前で仁王立ちする花宮。

「なんでも言って! なんでも聞くから!」
「聞くって言っても、本当に話聞いてそれで終わりとかじゃねえだろうな」
「ぎく」
「おい」
「冗談だよ。ちゃんと聞くよ。花宮のお願い、出来る範囲でなんでも叶えてあげる」
「……お前いったいなにが出来るんだ?」
「酷い! いつも敏腕マネージャーとしてチームのこと支えてるのは誰だと思ってるの!? 部室の掃除から洗濯、記録、他校の分析までしてるのはこの私だよ!? 健ちゃんの三食ごはん作ってるのも私だよ!?」
「健太郎のことに関しては聞いてねえ」
「料理も出来ますえっへん」
「じゃ、手始めに昼飯作れよ」
「え! 食べてないの? 私も食べてない」
「そうかよ。まあ、冷蔵庫に適当に入ってるから適当に作ってくれたら食う」

 花宮がそう言うので、二人で一階に降りてキッチンに立つ。
 お母さんは忙しい人だと言っていたし、普段はあまり使われていないようなキッチンだった。
 適当に作れと言われたけれど……
 花宮って何系の料理が好きなんだろう。
 あんまり好き嫌いはなさそうだけど。
 合宿のときとかもなんでも残さずに食べていたし、本当に適当でいいんだよね。

「はい、オムライス」

 ……を、3人前。この男は見た目からは想像出来ないほど、よく食べるので。
 二人でいただきますをして、私が食べ終えてからも花宮はもりもり食べ続けて、ぺろりと全部食べてしまった。
 さすが。
 さて、腹ごしらえをしたところでいったいどうするか。
 二階に戻り、浜宮の部屋でくつろぐ。

「あ、そうだ。DVD観ようよ」
「なに借りてきたんだよ」
「仄暗い水の底から」
「王道だな」
「何回観ても怖い。水道から髪の毛出てくるところでいつもうわあってなる」

 花宮がDVDをデッキにセットして、二人でベッドに寄りかかりながら映画を観る。何回もこの映画は観ているんだけど、何回でも観たくなる。

「ほらー! 髪の毛出るから水道やめなって言ったじゃん! 言ったじゃん!」
「うるせえな、静かに観れねえのか」
「実況タイプなので」
「迷惑極まりねえな」

 映画を観終えると、外の日は暮れて、すっかり夕方になっていた。
 日が沈むのもずいぶん早くなったなあ。もう12月だもんね。肌寒くもなってきた。
 でも、花宮の部屋は常にエアコンが働いてくれているので適温で保たれている。なんて贅沢な男なんだ。
 すると、花宮が急に立ち上がり、

「さっき食ったばっかりだし、お前腹減ってねえだろ。風呂用意するから入れよ」

 と言った。
 ふ、ふふふ風呂!? シャワー浴びて来いよってこと!?

「に……入念に洗う」
「いつもは洗ってねえのか」
「い、いつも洗ってるもん!」
「ふはっ、まあ綺麗にしてきな」

 パジャマと下着を持ち、一緒に居間に行って、お風呂が沸くのを待つ。

「ねえ花宮」
「なんだよ」
「一緒に入る?」
「ぶっ」
「冗談だよ」
「趣味の悪い冗談言ってんじゃねえよバァカ」
「趣味が悪いなんて酷い! まさか私の裸体に興味がないの!? 花宮は!」
「ねえよ」
「えーん」
『ピロリン お風呂が沸きました』
「ほら、風呂湧いたぞ。黙って入ってこい」
「うん……」

 温かいお風呂に浸かること10分ほど。
 なにやら脱衣所に花宮が来たような気配がして、声をかける。

「花宮?」

 がたんと音がしたので、少しドアを開けてみてみる。

「な、なにしてるの!? 私の下着盗みに来たの!?」
「ちげえよバカ。あんまり趣味の悪いパジャマだから俺の服持ってきたんだよ」
「なにそれ……っていうか服ってなに? どんなの? 私と花宮じゃ20センチも身長違うんだから、サイズが合うわけなくない?」
「いいから黙って着ろ」

 そう言って花宮は出て行ってしまった。
 急いでお風呂を上がって体を拭き見てみると、花宮の部活Tシャツとジャージだった。それも、上の服だけ。
 え? ズボンは?
 私、お尻丸出しでいなきゃいけないの?
 いざ着てみると、Tシャツの時点でミニワンピースみたいになった。ジャージも羽織ると、裾が太ももの裏まできた。
 な、なるほど?
 これがうわさに聞く彼ジャーってやつですね?
 少し出ていくのが躊躇われたけど、このまま黙ってても仕方がないから、とりあえず居間に戻る。

「花宮……どういうつもり? これ」

 余った袖を見せつけると、花宮は一瞬固まって、立ち上がり、

「俺も風呂」

 と言って行ってしまった。
 無視か。おい無視か。
 仕方がないので、先に花宮の部屋に戻っておくことにする。
 しばらくすると、階段を上がる音が聞こえてきたので、寝たふりでもしてやろうと思い、布団に潜る。部屋の扉が開く音。

「なまえ、寝たのか?」

 しめしめ。
 私は沈黙を決め込む。

「そうか、寝てるなら仕方ないな」

 すると、ベッドがぎしっと軋み、花宮が布団に入ってくる。
 え、なに……?

「起きてたら、合意の上で行為に及べたのになあ」

 花宮の手が、私の脚に触れる。

「うわああ! なに! なに!?」
「寝たふりしてんじゃねえよ」
「なにさ……今脚触ったでしょ……」
「なにって、セックスだよ」
「セっ……」

 言葉を失う。
 え? 私と花宮が? セックス?
 それは……どういう……
 いや、付き合ってたらもちろんいずれはその日が来るのは知ってたけど……っていうか今がその時なのでは? だってお泊りだもん。親がいないときだもん。
 私が考え込んでいると、花宮は私をぎゅっと抱きしめて、言った。

「まあ、まだその時≠カゃねえよ。早いよな。今はこれで我慢してやる」
「う……なんかごめん……」
「別に。ほら、お前も俺の背中に手まわせ」
「うん。……あったかいね、花宮」
「風呂上がりだからな」
「そういうことじゃないよ」
「じゃあどういうことだよ」
「えっと……これは心理的なものと言うか……」
「ふはっ、なるほどな。わかったわかった」

 こうして、この後一緒に夕ご飯を作って食べて、一緒に寝て、朝を迎え、私たちは健全なお泊りデートをしたのでした。



20200412



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