おうちデートのために花宮家に押し掛けおよそ30分後。
 私と花宮は臨戦態勢だった。
 私の持ちかけた「ドキドキ☆花宮真に大尽くし大作戦」は今、失敗しようとしている――
 酷い話だ。
 せっかく花宮の好きなもので埋め尽くして喜ばせようと思ったのに、予想外にも花宮は、なんだかありえないものを見るような目で私を見下した。
 なんで? 意味わかんない。

「花宮、嬉しくないの?」
「いや、急にこんな尽くされても引くだろ」
「引く!? そんなに!?」
「そんなにだ」
「酷い……私、花宮に喜んでほしくていっぱい花宮の好きなもの集めてきたのに……ほら、ゲームもあるよ。あとドンキでダーツとチェス買ってきた……」

 全部リュックから出して広げて見せると、花宮は更に引いたような顔をした。ほんとに酷い。

「なに? なにがダメなの? なになら花宮喜んだの? 謎なんだけど」

 逆切れすると、花宮はため息を吐いて言った。

「俺はお前がいるだけでいい」

 ホワッツ?
 天下のツンツンツンツンツンデレの花宮が、今、こんなにもわかりやすく、デレた?

「余計なもんごちゃごちゃ持ってきやがって。別にこんなもん持ってこなくても、普通に泊まりにくればいいんだよ」
「……花宮ってさ、わかりにくいよね」
「ふはっ! 今更だろ」
「そっかー、そんなに私のことが好きか花宮はー、まったくもう仕方ないなー」
「調子乗んなクズ」
「クズは酷いんじゃない!? てか花宮の場合人のこと言えないじゃん! クズ!」
「俺はわざとだからノーカウントだ」
「なにそれ」

 そんなこんなで、会話をするうちに緊張も解けた私は、再度花宮のベッドの上に寝転がった。

「おい、なにしてんだ」
「花宮の匂いがする」
「やめろ変態」
「あのね、ヒト特に男性よりも女性は嗅覚に優れていて、本能的に遺伝子の遠い異性、つまり自分にないものを持っている異性をかぎ分けることが出来るんだよ。つまり私が今、花宮の匂いをいい匂い≠チて思ってるってことは、生物学的に私と花宮の相性の良さが証明されt」
「もういいもういい知ってるからそれ知ってるから」
「まあ私が知ってることを花宮が知らないわけないよね」
「お前から得る知識は別にゼロではねえよ」
「ほんと!? 私馬鹿じゃない!?」
「いや馬鹿だけど」
「えーん」

 ベッドでごろごろしながらうんちく話をする。
 うんちく話って、花宮は結構好きだったりする。よくこういう会話をする。マンボウの死因についてとか話したこともあったなあ。
 床に座っていた花宮もベッドにやってきたので、スペースを作ってあげる。壁と花宮に挟まれて、なんだかどきどきする。

「ねっ、ねえ花宮、ちょっと近くない?」
「なんならもっと近くに行ってもいいんだぜ」
「やめてちょっと照れるから」
「ちょっとくらいならいいだろ」
「う……」

 本当に距離詰めてきたこいつう……
 愛憎渦巻く心模様はさておき、さて、この雰囲気をいったいどうしてくれようか。
 なんだかいけない気分になってきた。
 いや? 別にムラムラしてるとかじゃないけれど、この密接した状態で、どきどきしないはずがない。
 ああ、もう。こんなに心臓がうるさくて、花宮に聴こえちゃったらどうしよう……なんて。
 そんな、少女漫画じゃあるまいし。

「お前、今どきどきしてるだろ」
「へっ?」
「うるさいんだよ、心臓が」
「ななななんでわかるの!?」
「聴こえるからに決まってんだろ」

 地獄耳か……
 ああ、そういやいつも聞こえるか聞こえないかのところでザキと花宮の愚痴言ってたら全部怒られてるもんね。たしかに地獄耳だったわ。

「な、なにしよっか」
「あ、おい」

 そそくさとベッドから降りてなにかしようと提案していく。

「そうだ! ダーツ! ダーツ教えてよ。花宮得意なんでしょ? 部屋にダーツボード飾ってるくらいだし」
「まあ、それなりの腕だと思うけど」
「じゃあ教えて!」
「1から20のポイント枠があって、外枠の小さいスペースに刺さったら2倍、内枠のスペースは3倍。真ん中は50点」
「じゃあ、20点の3倍の60点取ればいいのね!」
「そう簡単に取れねえから難しいんだよ」
「でも花宮はー?」
「出来る」
「さっすが」
「まず立ち方と持ち方だな。こう構えろ、こう。で、脚は投げる方の手……まあ、お前で言うと右だな。右足を出せ。そう」

 やっぱり教え方が上手い。
 それから言われるとおりに何度か投げてみると、とりあえずは刺さった。

「最初は刺さればいいんだよ」

 なんて、ずいぶんと甘やかしたことを言ってくる。勉強だとこうも行かないんだけどね。
 すると突然。花宮が私の背後に立ち、腕と腰を持ってレクチャーしてきた。

「な、なに!」
「なにって……教えようとしてんだろうが」
「えっち!」
「だれがエッチだよ」
「イニシャル(頭文字)エッチ!」
「はなみやのエイチか、くだらねえな。いいから早く戻ってこい、教えるから」

 とっさにベッドに逃げ込んだので、花宮に言われていそいそと元の位置に戻る。しっかりと腕と腰を掴まれたので、もう逃げられない。
 それからおよそ15分も経てば、私のダーツの腕はなかなかよくなっていた。

「な。刺さればいいんだよ。じゃあゲームするか」
「うん、やりたい! あっねえ、負けたら今日一日相手の言うことなんでも聞くとかどう?」
「お前なあ……俺に勝てると思ってんのか?」

 話によれば花宮のダーツの腕はセミプロレベルらしい。
 いいの。こういうシナリオなの。
 私が負けて、花宮にあーんなことやこーんなことをさせられるっていう、そういうシナリオなの。
 だって今日は、花宮を喜ばせる日だからね。

「いいの! いいからやろ」
「お前がいいって言うならいいんだけど……ダーツの基本的なゲームでいいだろ。単純に合計点の高さで競うもの。それ以外は難易度上がってくるしな」
「うん、いいよ」
「8回で1ゲームだ、いいな」
「おっけー」
「じゃあ、始めるぞ」

 こうして、私と花宮の、花宮のための、私による罰ゲーム付きダーツシナリオが始まった。



20200411



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