「つーか全然違うじゃねーか話が! おもっくそ抜かれたぞ!」
「間違ってたみたい。いやー失敗失敗」
「ふざけんな!」

 ザキが一哉を責めている。
 そう言えば、さっきのインターバルで控室に戻ったとき、一哉が言ってたっけ。消えるドライブの攻略法。
 どうやら実践してみたらしいけど、それが間違ってたとかなんとか……

「やめろ。破ったところでハナから期待してねえよそんなことは」

 花宮が二人を仲裁する。
 というか、ザキをなだめている。
 こういうとき、花宮って主将だったよなあと改めて実感する。
 すると、私の横でグースカ寝ている健ちゃんに、花宮が声をかけてくる。

「健太郎! 起きろ!」

 私の見立てでは……というか、花宮の頭の中では、そろそろ巣≠ェ完成するころだ。ここに健ちゃんが入ることで、巣は完全なものになる。
 これまでラフプレーで相手の頭に血を上らせてきた。向こうの攻撃が単調になった今、もう彼らはうちのチームの格好の餌食。
 花宮の頭の中では、もう、この試合の勝ちが見えてるはずだ。
 単なる情報ではなく、実際に経験≠ニしてデータを頭に取り込んだ今、花宮に、いや、うちのチームに誠凛が勝てる見込みはない。
 相田ちゃんの気持ちを思うと、残念だけれど。

「交代よろしくー」
「! はい」

 うちも選手交代をして、ついに健ちゃんがコートに入ることになる。

「おっといかん。おーいなまえ、そこのワックスとって」
「はいはーい」

 健ちゃんはワックスで前髪を全部あげて固めて、オールバックにすると、

「よしっ! 目え覚めたぜ」

 とやる気を出した。

「いつも思うけどその髪型はないっしs「うるせーなデコ出してねーと頭回んねえの俺ァ」
「で、そのボタン押せばいいn「ほくろだから」
「あとその被せてくんのなんとk「なんない」

 目が覚めてやる気を出した健ちゃんはいつもこうだ。頭の回転早くなりすぎちゃうんだよね、わかるわかる。かっこいいよ健ちゃん。

「準備はいいな。いくぞ」

 花宮の声かけに、みんな静かに頷いた。

「いけるね、もう」
「ああ、いける。いい子にして待ってな」

 私の頭をぽんとひと撫でして、みんなはコートの中へ入っていった。



 次は、5番から10番へのパス。

「あっ!」

 完璧なまでのスティールが決まった。まあ、もっとも、俺が読み違えるはずもないのだが。そのまま得点。
 会場は盛り上がる。そういうのはいいから、だるいし、さっさと終わらせたいもんだ。この試合が終わらなければ、俺はなまえに告白できないんだ。早く、早く終わってくれ。
 そして次は、5番から4番へのパス。
 これも、スティール。
 一哉にパスしてゴールを決めさせる。

「悪いが、もうお前たちが点を取ることはないよ」
「なに!?」

 おーおー、主将くんが食いついたなあ。
 普段こそ目立たないが、康次郎はあれでもともと毒舌で煽りスキルが高い奴だ。なまえの前では穏やかだが、コートの中ではまるで別人だからなあ。

「お前たちはもう、クモの巣にはまってる。あとはじわじわ嬲り殺されるだけだ」

 こうして、11点差をつけて、第三クォーターは終了した。
 なにせ、俺は頭がいい。健太郎ならば、俺の考えたパスコースをぎりぎりのラインで読み取ってくれる。あいつはいいサポート役だ。
 ごめんなあ、これから先、お前らのボールはすべて俺たちのものになる。
 笛が鳴り、俺たちはベンチへと戻った。
 なまえとほかの部員たちがタオルやらドリンクやらを持ってきて、俺たちはベンチに座った。

「第三クォーター、奴らの攻撃を完封したわりに、予定より取れなかったな」
「ディフェンスがよかった、というか、あの状態で切れなかったのは正直驚いたよ」
「厄介なのはやっぱ7番だぜ。オフェンスだけじゃなくリバウンドもパねー。一人で中切り盛りしやがる」
「うん……見てて思ったよ。7番の木吉鉄平さえ退場してくれたらって」

 なまえもなかなか俺ら色に染まって来たな。
 少なくとも一年前まではこんな意見は口にしなかった。

「ふはっ! じゃあ、なおさら問題ないだろ」
「……どういうこと?」
「木吉はとっくに満身創痍だ。もう一押し痛めつけりゃサヨナラだ」

 ここで、笛が鳴った。

「行くぞ」



 最終クォーター……向こうは11番、黒子君を切り札投入、か。
 ああ、無駄なのに。
 真泉館戦で全部見たからね、私たちは。
 花宮はその頭の良さから、一度見た試合を完璧にトレース出来てしまうほどだ。11番がいるときの攻撃パターンなんてすでに知ってる。

 私の分析データと、花宮の頭脳、健ちゃんのサポート。これらがあればうちのチームは無敵だ。私たちに勝てるチームなんてない。
 きっと、このまま私たちは全国一位に輝く。
 花宮が、導いてくれる。

「……終わったね、誠凛」

 全部花宮は読めてる。
 しかし、だ。

「なっ!?」

 5番から4番へのパス、の、はずだった。
 花宮もその間に入ってスティールする予定だった。
 のに……

「うおお決まったー! 誠凛約10分ぶりの得点―!」

 うそでしょ? 花宮が読み違えるだなんて、そんなことあるわけない。読みは合ってたはず。そうじゃなきゃおかしい。味方の様子も変だった。
 だとしたら今のは……
 11番の独断によるパスコース変更、ってこと?
 そんな……いくら花宮でも、そんなパスは読めない……

 ここで、誠凛のタイムアウト。

「花宮……健ちゃん……なに? あれ……今、なにが起こってるの? さっきのパスコース、なんか変だったよね」
「たぶん、今までの黒子の中継パスはあくまでチームプレイだったでしょ。敵にとっては予想外のトリックのようでも、味方からしたら練習通りのプレイ。それが、さっきのは違ったんだよ。たぶん、味方にも知らされてないパスだった」
「やっぱり、そういうこと? でも、そんなパス、どうして味方は取れるの?」
「……俺の嫌いな、信頼≠ニかいうやつだろ。知らねーけどな。心底、うざってえ」

 花宮の顔が怖い。己の計画や読みが思い通りにならないことが、一番嫌いなのだ、花宮は。
 そういう負けず嫌いで自信家なところが、私は好きなんだけど……って、なに考えてるの! 今試合中! しっかりしてなまえ!

 ゲームが再開されて、すぐのこと。
 なんだか雰囲気が変わった。具体的には、主将の日向順平の雰囲気が、どこか変わった気がする。気づいているのは私だけじゃないはず。コートの中のみんなは、なおさら――
 ボールは日向君の手に渡り、ふわりと、宙を舞った。
 それはゆっくりと空中に弧を描き、ゴールをめがけて飛んで行った。
 ボールがゴールに入るまでの時間が、なんだかひどく、長い時間のように感じられた。

「うおおおきたあー! 誠凛スリーポイントー!」

 そして、立て続けに、5番と花宮の対峙中、11番によるカウンターでボールは再度誠凛の元へ渡った。
 そしてまた日向君のスリー、に見せかけて、パス。康次郎がガードに行ったが、間に合わず……5番の手に渡ったボールはそのままゴールの中へ。
 ああ! 惜しい……というか、なんでそんなことになる? おかしいよ。みんなどうしちゃったの? ……いや、違うか。これはうちのチームがおかしいんじゃなくて、向こうのチームがなにか変わったんだ。
 花宮と健ちゃんのタッグでなんとか健ちゃんの一投が入ったけれど……
 日向君のスリーが、また来てしまって。

「逆転……誠凛逆転ー! 誠凛強いー!」

 流れは止められない、などという歓声が聞こえてくる。
 厭だ。イヤだ……!
 そんな、みんなが負けるなんて、考えたくない!
 花宮がボールをキャッチし、そのまま11番めがけて振り下ろすも、それもよけられてしまった。ああ、私、最低だ。というか、花宮と一緒だ。勝ちのためなら、誰かを傷つけてもいいと本気で思ってしまった。

「くそがぁ……テメエさえいなけりゃ……」

 花宮のつぶやきが聞こえる。
 本当に、その通りだ。木吉鉄平さえいなければ、そして、11番がいなければ、楽に勝てたというのに。

「……なんて、言うわけねえだろバァカ」

 花宮がそのまま突っ切る。
 そして、みんなに阻まれながらの、ティアドロップ――
 綺麗に決まったシュートは、花宮の天才ぶりを見事に現わしていた。

「ラフプレーやスティールしか出来ないと思ったか? んなわけねえだろバァカ。小細工なしでも俺は、点なんていつでも獲れんだよ。正直、お前らを潰せなかったのは不満だが、まあいいや……勝てばどっちにしろお前らの夢はゲームオーバー……虫図の走る友情ごっこもおしまいだ」

 花宮の言っていることは、なんとなくわかる。青春だ夢だと必要以上に騒いでいる人たちは私もあまり好きではない。花宮は私以上にそういう人たちを嫌っているから、その言葉の意味はよくわかった。

「……ふざけるな」

 しかし、その言葉は11番君の一言で、否定されてしまった。

「僕はキセキの世代のバスケットが間違っていると思って、戦うことを選びました。けど彼らは決して……お前のような卑怯なことはしない……!」

 卑怯――たしかに、卑怯かもしれない。けど、それは単なるお遊びのようなもので……公式戦以外では普通にバスケしてる。ラフプレーだけがうちらのすべてじゃない。それを、卑怯の一言で表しちゃうの?
 私はコートの中に殴り込みに行きたい気持ちをぐっとこらえて、こぶしを握った。

「そんなやり方で僕らの、先輩たちの――

      みんなの夢の邪魔を、するな!」

 勢いよく、10番に向けてパスがされた。

「ぶちこんじまえ火神ー!」

 木吉鉄平の声が響く。そして、10番のダンクが決まる。ああ、やめて。そんなことしないで。

「誠凛高校再度逆転ー!」
「まだだ! 最後まで手え緩めんな!」
「おう!」

 みんな、諦めないで。お願い。
 なんとか――なんとかなるでしょう?
 だって、今までそうしてきたんだから。
 花宮には、監督も自主的にやめさせるくらいの頭も技術もあって、二年で主力メンツを集められるくらいみんな優秀で……負ける要素なんて一個もないのに。

「タイムアップー! 誠凛高校、ウィンターカップ出場決定ー!」

 そんな、ことって。
 みんな「信じられない」って顔してる。
 当然のことだ。
 だって、お遊びのラフプレーで勝てなかったから、後半は本気になったんだよ? 健ちゃんの出番が来たのだって、久々だった。
 去年できたばっかりの新設校に、うちのチームが負けたの――?

「負けだよ、誠凛……あと、木吉……今まですまなかった……なんて、言うわけねえだろバァカ!俺の計算をここまで狂わせたのは、お前らが初めてだ……一生後悔させてやる……次は必ず、潰す……!」

 花宮が、木吉鉄平に向かって言う。
 汗だくになり、目を血走らせそう言う花宮の姿は、まるで悪人のそれだった。
 すると、木吉鉄平が花宮に向かって一言。

「花宮……お前が最後に見せたシュート……やっぱりすごい奴だと思ったよ」

 ここまでやられて、そんなことが言えるのか。

「またやろーな」

 その一言は、きっと、今日という日の出来事のなによりも、花宮の心をえぐる結果となった。

「クソッ……クソオオオ!」



20200321 



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