練習が始まってからは、案外普通に落ち着いて見ていられた。深呼吸、深呼吸。なんだかこんなの絶対おかしいよ。なんで私が一番緊張してんの。
 あーあ。みんな緩いなあ。練習風景を見ていて思った。全国一歩手前の大会だというのに、緩すぎるよ。やる気のない様子を見て、少しばかり勝利が心配になる。
 一応、形式的に練習はしているんだけど……
 と、その時。相手の誠凛チームのボールが、こっちのコートに転がってきて、それが花宮の足に当たった。
 なにやら、向こうの主将である日向順平と、木吉鉄平と、話し込んでいる。険悪な雰囲気だ。よくない。早く離れて花宮。
 向こうの期待のルーキーたちもやってきて、四対一になったところで、ようやく花宮はその場を離れた。
 もう、心配だよ、今から。
 すると、ポケットに入れていたスマホがピリリと鳴った。

「! ……相田ちゃん」

 うちのが血気盛んでごめんね、なんて書いてあった。いや。明らかにうちのが悪いんで気にしないでくださいって感じだね。
 しばらくして、ベンチが側にみんなが戻ってきたので、ジャージを預かって畳んだ。
 健ちゃんはアイマスクをつけてグースカ寝始めちゃうし、もう、ほんと緩いんだから。
 向こうは円陣組んで掛け声とか、青春っぽいことしてるよ?

「ウザすぎて眩暈がするんですけど」

 膨らませすぎて弾けた風船ガムを顔から剥がしながら、一哉が言った。

「いいの? うちはやらなくて」
「やるわけねえだろ、バァカ」
「オラ! 試合始まんぞ、起きろ!」
「ぐー……」
「スターターじゃないしほっとけば?」

 すっかり眠りこけてしまった健ちゃんをザキが起こそうとするけれど、当たり前のように彼は起きない。
 そこで、康次郎が向こうの円陣を横目に言った。

「まったく、不憫だな」
「どうして?」
「やる気を出せば出すほど、より残酷な結末になるだけなのに」

 確かに……うちのやり方だと、そうだよね。
 ラフプレーで相手の頭に血を上らせて、動きが単純になったところを、花宮のスティールと健ちゃんの頭脳を使って徹底的に叩き潰す。
 きっと私たちのようなタチの悪いやり方で勝ってきたチームはほかに存在しない。

「それではこれより、誠凛高校対霧崎第一高校の試合を始めます! 礼!」

 よろしくお願いします――
 みんなの声が体育館に響き渡る。

「ティップ……オフ!」

 誠凛のボール。
 隣のベンチで相田ちゃんが「よおし行けぇ!」と叫んだ。
 誠凛のハイスピードラン&ガン。大丈夫、このくらいなら。と、思った矢先。幻の六人目くんの消えるドライブがザキを襲った。

「行かすかクソガキ!」

 ザキが叫ぶ。松本くんが止めようとするも、木吉鉄平のアリウープが決まる。会場は湧いて、湧いて。
 初得点を取られたのは流れ的によくない。
 先制はとっておきたかった。
 ザキが古橋に声をかけている。ううん、やっぱりあの消えるドライブは反則だよなあ。ひとが消えるなんてありえない話なのだけれど。現にどうやったかは知らないけれど、あの11番の黒子くんは消えているのだ。
 なにやら康次郎とザキの話を聞いていたらしい花宮が、

「天才だろうが秀才だろうが、壊れりゃ結局ただのガラクタなんだよ」

 とこちらにあえて聞こえるように≠オて呟いた。わーお、さすが悪童。
 花宮のドライブから、うちの攻撃が始まる。
 なにかコートの中で康次郎と向こうの日向君が話しているけれど、康次郎は声が小さくてよく聞き取れない。そこで、一哉の荒々しいスクリーン。もちろん、審判に見えないようにやっているから、ファールではない。
 その流れに乗って、康次郎のシュート。それは惜しくも外れたけれど、リバウンドがある。
 向こうに取られる……なんてことはない。見えないように、こういうときは一哉あたりが中でそれを防ぐのだ。足を踏んだりしてね。そうやってボールを取ったところで、肘をはって腕を振る。ここまで、いつもの流れ。
 ギリギリで相手の10番、期待のルーキー火神大我は避けた。

「メンゴメンゴー」

 試合は続く。
 リバウンドの際、康次郎が向こうの日向君に肘を食らわせようとしたのが私の視点からはしっかりと分かったけれど、それは木吉鉄平によって防がれてしまった。ああ、惜しい!
 ……惜しい、なんて、変だけどね。
 そこからのカウンター。まあ、これは私たちのいつもの練習で作られたパターンのひとつに過ぎないんだけどね。
 花宮が向こうの5番、伊月君を抜いてシュート。
 それから、また一哉による荒いスクリーン。食らった10番、火神君は、一哉に向かってこぶしを振り上げた。が、しかし。黒子君の手によってそれは防がれた。
 誠凛のタイムアウトを経て、再度みんながコートに戻ったとき。

「どういうこと……!? 中は木吉鉄平だけ? ほかのみんなは外……そんなことって……」

 相田ちゃんの方を見ると、相田ちゃんも困ったような顔をしていた。これは、監督である彼女の本意ではないのだろう。けれど、きっとこれは、木吉が望んだ。そうなのだと思う。
 そんなことしたら、花宮の……みんなの加虐心を煽ってしまうことになるのはわかっているだろうに……
 花宮……どんどん機嫌悪くなってる。見てとれる。
 すると、花宮のわかりづらい合図が繰り出された。

 これは、「死ねよ」だ。



 康次郎の肘が木吉の顔に直撃した瞬間、勝ちを悟った。こいつがいなくなってしまえば、楽に勝てることは間違いない。

「ふざけんな! テメエまた……!」

 向こうの主将である日向が、俺に言いがかりをつけてくる。

「はあ? また言いがかりかよ? 知らねーよ。ゴール下でもつれて起きた事故だろ、事……」

 木吉は完全に潰した。そのはずだった。
 しかし、こいつは起き上がり、頭から血を流しながら、こう言ってのけた。

「みんなを守る。そのためにオレは戻ってきたんだ!」

 こうして、第二クォーターが終了した。
 結局、五点差をつけられて折り返し。
 ほかの野郎どもも気に入らねえみたいで、舌打ちがどこからか聞こえる。

「お疲れ様! ……もう、みんな、やりすぎ。力入れるのはいいけど、あれはやりすぎだから。康次郎、聞いてる?」
「……聞いてる」
「次は絶対するんじゃないよ! 普通に戦ったってみんな強いんだから!」
「そうカッカすんなよなまえ」
「誰のせいだと思ってんの!」

 なんて言いながらも、俺たちにジャージとタオルを配ってドリンクを渡してくるなまえは、なんやかんや俺たちに甘いと思う。
 野郎どもは控室にまっすぐ向かったが、俺はイライラしているのをどうにかしたい気持ちもあり、便所に向かった。
 手を洗っていると、なにやら見知った顔が。

「……やあ。こんなところで会うとはね。キセキの世代エース、青峰大輝」
「なんだ、アンタか」
「相変わらずしつけがなってねーなー。敬語使えよ」
「つかアンタとは試合で一、二度やっただけだし。……相変わらずコスい試合やってんな」
「コスい? ははは、勘弁してくれよ。あんなもん、ただのエサだ。奴らをハメるためのな」
「ふーん……よくわかんねーけど、アンタこの試合、負けんぞ」
「……はぁ?」

 青峰はありえない言葉を発した。
 俺たちが負ける? そんなことはありえない。あってはならない。

「ふはっ! 去年できたばっかでお前らに手も足も出なかった奴らに? ナメられたもんだ。むしろどうやったら負けるのか教えてほしいね」
「別に……ナメてるとかナメてないとかそーゆー話じゃねぇ。りゆうなんざねーよ。ただアンタはテツを怒らせた。そんだけだ」

 ぶっきらぼうにそう言ってのける青峰。

「……へぇ」

 俺が、俺たちが、負けるはずなんてない。
 なまえとも約束したのだ。全国への切符を必ず持ち帰ると。
 誠凛にとっちゃ負けられない因縁の戦いかもしれないが、俺たちにとっても負けられないのは一緒だ。
 潰してでも勝つ。なんとしても。

 インターバルが終了し、第三クォーターが始まる。
 すぐに11番がボールを持った。消えるドライブ、出るか。
 一哉が弘の前に出ると、11番の動きが一瞬止まる。なんだ、一哉のやつ、まさかタネを見破ったのか?
 しかし、そう思えたのもつかの間。
 弘がボールを取りに行こうとすると、消えるドライブは繰り出された。

「……あり?」

 やはりか。見破った、と見せかけて、全然違ったってわけか。

「黒子ォ!」

 すかさず10番にパスが行き、ダンクが決まった。
 すると弘が、

「そんな……お前のドライブは、まばたきと同時に抜くはずじゃ……」

 と11番に向かって訊ねたが、当の本人は、

「え? そうなんですか?」

 などと言っている。
 ここで、誠凛が選手交代のために一時休戦となった。



20200321



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