ある部活後のこと。
健ちゃんと康次郎は何だか話があるみたいで、花宮と一哉と帰ることになった。
あーあ、じゃあ私、今日電車乗って降りてから家まで一人じゃん。
いつも楽しく帰ってるのに、なんだか憂鬱だなぁ なんて、そんな気分はすぐに吹き飛んだ。
駅。一哉と別れ、花宮と構内へ入る。
改札口。
ここでひとつ、問題発生。

「あれ?花宮は改札あっちでしょ?」
「だからなんだ」

ちょっと待ってどしたの花宮。
一言で理解出来ないなんてあんたらしくないよ、それとも私の言い方に問題があるの?

「いや私はこっち、花宮はあっち」
「で?」

いや、だから…
花宮は山の手線、私は銀座線。
要するに改札は正反対。
合ってるよね?
だって、毎日そうしてるんだから。

「私、変なこと言ってる?」
「別に言ってねーよ」

そう言って、私の肩をひいて私と同じ改札を通る花宮。
えーっと…あっ!
そ、そういうことか!
なるほどね、いや、でも正反対なんだし申し訳ないよそれは。

「いや、うん、いいよいいよ、もう時間だって遅いし。真逆だし、ね?」

私がそう言うと、花宮は眉をしかめて舌打ちした。

「いいから黙って送られてろ」
「う…」

…この人、舌打ち怖いんだよ。
返事 と機嫌の悪そうな声で言われたので、仕方なく お願いしますと言っておいた。
こんな顔して過保護すぎだよ、花宮。
誰よりこういうことを面倒くさがるくせに、なんで今、こんなことしちゃうわけ?
しかも、よろしい なんて言って頭なんか撫でてきちゃって、くそ、ばか。
期待させぶり。
やっぱり花宮にピッタリな言葉だ。

そのまま移動して車内へ乗り込むと、時間帯が時間帯なせいか、やっぱり混み合っていた。
当然座れそうにないなぁ なんて思っていたら、花宮に手を引かれて角に追いやられる。
あ、なんかこれデジャヴ。
それで横というか、私の身体の向き的には前に、花宮が立つと。
なんで無駄に紳士的なんだ。
ばーかばーか。
だからかっこいいんだ、ばか。
あーヤバイ、なんか顔緩む。
どきどきするし。くっそ。

「ねえ花宮」
「なんだよ」

なんか、悔しい。
さっきやられたことに仕返しでもしてやろうかな、なんて。

「大好き」

でも私もばかでさぁ。
これ、仕返しっていうかむしろ私への罰ゲームみたいになってるし。
っていうか、いくら照れさせたかったにしても、今言ったことは普通に事実なんだから、これってただの告白なんじゃないの とか。
言った本人は勿論だけど、やっぱり言われた当人も驚いたみたいで。
当然か。

「は?」

でも、照れてはいないみたい。
あーもう失敗した。
色んな意味で失敗した。
せめて、好きって言うならもっと良い場所で、もっとタイミング見て言えば良かったかな。

「なんて、言うわけないでしょ」

真面目に告白だとか捉えられてないよね?大丈夫だよね?
ああもう今更顔あっつくなってきたし、なんなの、すっごい恥ずかしい。
これが嘘なら良かったけど、もっぱら嘘じゃないってあたりが、もう…

「ふはっ、バァカ」

よくわかんないけど花宮は笑ってるし。
バカって言われたってことは、冗談だって受け取ったってことで良いのかな。
良い…んだよね?
あーだめだ。
恥ずかしくて顔見れない。
…私、なんてこと言っちゃったんだろ。

「おい、なまえ」

マフラーで顔を隠すと、不意に花宮が声をかけてくる。
平然としてるなぁ。
私なんてそれどころじゃないのに。

「なに」
「それ邪魔くせーから除けろ」
「やだ」

それ ってマフラーのこと?
嫌だよ無理無理、外せるわけない。
だってそんなことしたら、今顔絶対赤いのにバレちゃうし。
全力で断ると花宮は一回笑って、私の顔の横に来るなり、一言だけ。
耳元で喋るのは、ちょっと反則。
なんてそんな文句を言う暇すら無い。

「俺は、お前のこと好きだぜ」

オマエノコトスキダゼ。
って、どんな効果の呪文なの?

…それとも、仕返しをしているだけ?



俺は知っていた。
全部全部。
康次郎や弘の気持ち、なまえの気持ち、そして俺の気持ちまで、全部。
だからこそ理性が働くし、こうして罪悪感によく似た感情が湧き出てくるのだろうと思う。
しかし全部を知っているから、いつどうすべきであるか が分かるのであって。
結局自分が一番可愛いとかそう言うつもりは無いけれど、俺だって人間なのだから、つい抑えがきかなくなることもある。
ああ、いいかな ってな。
諦めでは無い。
惰性でも無い。
ただほろりと溢れただけの感情だ。

「……え」

こんなもの、俺らしくもない。
けれど今更でもある。
近頃は抑えだなんてもの、あって無かったようなものだった。
ついやってしまう が増えたのだ。
本当に、俺らしくない。

「な、なんて言うワケねえだろ は?」

未だマフラーで顔を覆ったまま、そんなことを口走るなまえ。
アホか。
ちょうど駅に着いたところで手をひいて降りると、マフラーがずれて、久々になまえの顔は外気に露出した。
うっすらと目が潤んでいる。

「ふざけんな」

駅構内を出て一言目がこれか。
たったさっき発した言葉は好意を伝えるものだったと言うのに。
俺も気のきかない奴だ。
なまえは目元を擦りながら立ち止まった。

「だっ…だって……」
「だってじゃねーよ、さっさと本心を聞かせろバァカ」

慣れてないって言うのは本当に不便だ。
それなりに器用な方だとは思うが、どうにもこうにもなまえ相手じゃ、調子も何もかも狂わされてばっかりだ。
口ばかり強気になって。
これは悪い癖だ。
実際、指先に力が入らないくらいの緊張はしてるってのに。
分かっていることだ。
分かっていることだけれど。
するとなまえは俺の胸へ飛びついてくるなり、しっかり背中までホールドしてきて。

「…」
「…おい」
「花宮はズルい!!」
「はぁ?」
「私の方が先に言ったのに、何で主導権握ろうとしてんの、ばか!」

…何に対して怒ってんのか、多分こいつ、自分でも分かってねえよな。
なんだよ。
普通に照れてりゃ可愛いのに。
この間にも、背中に回された腕の力は緩むことは無く、むしろ力なんて増すくらいで。
でも全然痛くねえから笑える。

「お前そのあとに、なんて言うわけない って否定したろ」
「う」
「だから俺からは、否定無しの気持ちを言ったんだ。さっきから聞いてんだろ、お前の本心はどうなんだ って」
「…そういうとこがズルいんだってば」
「ズルいのはお前だろ、誤魔化すな」
「〜っ」

耐えきれず引き離し、両手で顔をこっちに向けさせると、なまえは顔を真っ赤にして、今にも零れそうな涙を堪えていた。

「ちゃんと教えろ、バカ」

心臓が激しく脈打っている。
こういった時、小説やドラマなんかじゃ、相手に聞こえてしまったらどうしよう という心配をする奴がいる。
そんなことある訳がないだろと鼻で笑っていたもんだが、いや、無いとも言えない気がしてきた。
これは聞こえていないか。
大丈夫か。
するとなまえはついに溜めていた涙をぼろぼろと零して、すっと息を吸った。

「す、好きだよ!!大好き!もーやだ!!」

そう言って、ばか と泣き叫ぶなまえ。
あんまり声がでかいもんだから、周りを歩いていたサラリーマンやらが立ち止まって振り返って見ている。
くそ、恥ずかしいことになってきた。

「わかった、もうわかったから、一回落ち着け、おい!」
「だ、だってぇ…」
「あと泣き止め」
「花宮ぁぁ〜」

周囲に人が集まり出す。
他校の生徒なんかもいるし、完全に見世物だ、こんなの。
生きているうちにこんな経験をするだなんて思ってもみなかった。
あー、落ち着け落ち着け。
また引き寄せて背中を叩いてやれば、なおさら泣きじゃくるもんだから、もうどうしていいのやら分からない。
すると、肩を揺らしながら何やら一言。

「もっかい、好きって言って?」

泣いてる最中も変わらずこいつは、あざとさを忘れていないようで。

「ああ、好きだ」

その瞬間周囲から湧き上がる冷やかしの声や口笛に、今更過ぎる羞恥心が俺を襲っていることを、腕の中で泣いているなまえは知らないのだろう。



爆発、しちゃいましたね。
次回作の古橋くんにご期待ください。
20140225



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