近頃、よくなまえと目が合う。
ふと視線を感じた方向を見るとあいつがいたり、何気なくあいつの方を見ている時があって、そういった時は必ずと言っていいほどあいつもこちらを見るのだ。
よく目が合うな と言えばなまえはわざとそっぽを向いたりして。
何やら照れて赤くなった耳に触れてそれを茶化せば、口を尖らせて睨んでくるのだが、不思議なことに全く怖くない。
むしろそんな姿が可愛らしいと思えるほどで。

「了解。おーい花宮、なまえ、原、悪いけど先に帰っててくれ」
「あ?…あぁ、わかった」
「健ちゃんまさか康次郎に告白でもするの?」

健太郎の言葉に、またバカなことを言うなまえ。
苦笑いだけでも反応してやるだけ、健太郎は良い奴だと思う。
が、それはさておき。
目が合う ということは、お互いがお互いを、よく見ているから起こり得ることだ。
じゃあなぜお互いを見つめ合うのか?
つまり、そういうことなのだろう。
俺は自分の気持ちが分からないほど鈍感では無いし、むしろ勘ならば軒並み外れて良い方だ。
そしてその勘を用いて、他人の心情を察することも、もちろん出来るわけで。

「ほら、いいから行くぞ」
「はぁーい。あっ、待って花宮置いてかないで!」

部活を終えて、いつもならば俺となまえと健太郎、そして一哉と康次郎で駅まで帰るのだが。
今日は何やら健太郎から康次郎に用があるらしかった。
こんな時、大体を察してしまう自分が嫌だ。
普通に暮らしていれば、この勘の良さも頭の回転の速さも得にしかならないのだが…
俺だって人間だ。
その時に分かりたくないことだって、もちろんある。

「早くしろバァカ」

そんなことを知ってか知らずか、いや、どうせ知らないのだろうが、なまえは新しく買ったらしい空色のマフラーを巻きながら、俺の元へ駆け寄ってきた。
仕方ないので立ち止まってやると、やっと追いついて来た。
可愛らしい。
が、マフラーは全然巻けていない。

「貸せ」
「え、わぷっ」
「よし」

巻き直してやると、そっぽを向く。
頬は、薄暗い中でも分かる程度には赤い。
ああ、やっぱり、いつか言われた 期待させぶり という言葉は、俺よりもこいつの方がピッタリだと思う。
すると、隣にいた一哉がわざとらしいため息をついて、呆れ声で言う。

「あのさぁー、俺もいんだから二人してその感じやめてくんない?見てて恥ずかしいんだけど〜」

いや、見てて恥ずかしいってなんだ。

「うわっ、一哉」
「今気付いたのかよ」
「それとも何、花宮しか見えてませんってこと?あーやだやだー」
「ちがっ…ば、ばか!一哉も花宮もばかじゃないの!」
「おい、一哉はともかく俺は何もしてないだろ」
「したわ!!」
「はぁ?なんだよ」
「いやっ、ほら…ま、マフラー…」
「マフラーがどうしたんだよ」

分かっていても、ついつい反応が見たくて虐めたくなる。
可愛い。
一哉はそんなやり取りを横目に、さっきまでは茶化すような言葉ばかり吐いていたくせに、ついにはそれすらしなくなった。
話していれば、いつの間にか駅。
こいつはすぐ横のマンションに住んでいるので、ここで別れた。
問題はなまえだ。
先に帰っていろと言われたのはいいが…
いつもは健太郎と康次郎がいるから良いものの、今日はそれが一人で帰ることになるのだ。
この時間に。満員電車で。
しかも薄暗い道を一人で歩いて帰宅?
それは、あまり良くない気がする。

「あれ?花宮は改札あっちでしょ?」
「だからなんだ」
「いや私はこっち、花宮はあっち」
「で?」
「? 私、変なこと言ってる?」
「別に言ってねーよ」

どんだけ鈍いんだ、こいつは。
しばらく固まって考えたのち、はっとして激しく遠慮しだした。
いいよいいよ じゃねえよ。
良くねえからこうしてんだよ。
気付けバカ。

「いいから黙って送られてろ」
「う…」
「返事」
「…お願いします」
「よろしい」

そのまま頭を撫でてやれば、また赤くなって俯くなまえ。
だいぶ成長したもんだ。
前は撫でようとしただけで逃げられてたってのに。
今思い返せば、ああして逃げられていたのも…なんて、考えすぎも良くないな。
改札をくぐり電車に乗れば、車内は案の定混んでいた。
時間帯も時間帯だしな。
やっぱり一人で帰さなくてよかった。
座れそうにないので座席と扉に作られた角になまえを立たせて、俺はその横を陣取る。
フン、これなら誰も痴漢なんて下劣な真似は働けまい。

「ねえ花宮」
「なんだよ」
「大好き」
「は?」

小さな声でそう言うなまえ。
笑顔で上目遣いだなんて、つくづくあざといなこいつ。
思わず聞き返すと、軽く鼻で笑って一言。

「なんて、言うわけないでしょ」

憎たらしい。
仕返しでもされた気分だ。
というか、紛れもなく仕返しなんだろうな、こいつなりの。
それにしても俺が顔に出ないタイプで、本当によかった。
横からなまえが赤くなっているのを見るだけで済むからな。

「ふはっ、バァカ」

バレバレだっつーの。
多分こいつも分かってやってんだろ、くそ、タチ悪い。
人のこと言えねーけど。
今更照れが襲ってきたのか、マフラーを全部上げて顔を覆い隠している。
そうかそうか、俺の前で照れるだなんて、追い打ちをかけて欲しいも同義だろ?
仕方が無いから、やり返してやろう。

「おい、なまえ」
「なに」
「それ邪魔くせーから除けろ」
「やだ」

少しだけ屈んで右耳付近に顔を持って行くと、なまえの肩が小さく震えた。
こいつ、解ってるな。全部。

「俺は、お前のこと好きだぜ」



あざとい笑顔で「大好き!」(ちひろ様)
まだちょっとつづく大事な話だから
20140225



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