覚悟



ここ最近の話だ。
花宮となまえは、やたらと仲が良い。
元々悪かったわけでもないし、むしろ二人の仲は良好だったが、近頃は以前の比では無いのだ。
だからどうした俺には関係の無い話だ とでも言えたなら、どんなによかっただろう。
普通に仲が良いだけならば、ただ嫉妬をするだけで済んだだろう。
けれど、現実は違う。
花宮はおそらくなまえに恋をしている。
そして、なまえもまた花宮に対して、その彼によく似た目で 声で接しているのだ。
お互いがお互いの視線に気が付いているのかは知らないが、なまえはともかく、花宮は勘の良い奴だから…
おそらく、なまえの自分を見る目が他とは違うことを感じ取っているのだろうとは思う。
そして放課後。
部活を終え帰り支度をしていると、何やら瀬戸に呼び止められた。

「古橋、ちょっと話いいか」
「別に構わないけど」
「了解。おーい花宮、なまえ、原、悪いけど先に帰っててくれ」
「あ?…あぁ、わかった」
「健ちゃんまさか康次郎に告白でもするの?」

どのへんにその まさか を感じたのか疑問だけど決して知りたくないな。
流石の瀬戸も苦笑いをしている。

「ほら、いいから行くぞ」
「はぁーい。あっ、待って花宮置いてかないで!」
「早くしろバァカ」

11月だからと新調したらしいマフラーを急いで巻きながら、なまえは花宮の元へ駆けていった。
まるで主人を追いかける犬や猫のようにも見える。
それにしても瀬戸から俺に話があるだなんて、随分と珍しいこともあるものだ。
まあ、内容に大体の察しはついているが。

「お前、なまえのことはまだ好きか?」
「…ああ」
「あー、なんだ、いいお節介を焼くようで悪いんだけど…お前も気付いてんだろ」
「と言うと、花宮のことか?」
「それとなまえ自身のこと、かな」

なるほどな。
やっぱり考えていたことは間違っていなかったらしい。
俺に分かっているのに、まさか瀬戸に分からない筈が無い。
あんなに優しい目で花宮を見つめるなまえがいることが。

「…分かってるさ、俺にだって。あれだけ見せつけられていればな」
「何か思うことは?」
「あるに決まってる」
「だよなぁ…はぁ、難しいな、どうも」

瀬戸がここまで頭を悩ませることもあるか、とも思うが、こいつは面倒見の良い奴だからな。
以前相談をした俺や幼馴染であるなまえはもちろんのこと、いつも全体ばかりを見て自分を蔑ろにしがちな花宮のことなどは特に、気に掛かって仕方が無いのだろう。
だから瀬戸はいつも自分のことを お節介 だと言っているが、それに救われる者も少なからずいると思う。

「瀬戸」
「ん?」

ところで。
ひとつ、決めていたことがある。
まぁ正確には、今さっき覚悟した と言うところか。

「なまえのことは、諦めようと思う」

そう一言だけ言うと、瀬戸は 参ったねどーも なんて言って頭を掻いた。
これはこいつの、困った時や考える時の癖だ。
だって、仕方が無いだろう?
誰が見たって分かるくらいに、なまえは花宮のことを好きなのだ。
なまえが幸せに近付くためには、俺が諦める というのは必要不可欠なことだ。
なぜかそんなことを って…当たり前だ。
俺はなまえが好きなんだから。
そんなことを言えば、瀬戸はひとつため息をついてこう言った。

「ストイックな奴だなお前は」
「そうでもない。当たり前のことだ」
「あと、面倒くさい」
「…それは、否定出来ないな」

ああ、そうだ。
当たり前のこと。
とっくに片付け終わっていた荷物を持ち、俺たちは部室をあとにする。
空気が冷たい。
随分空が暗くなるのも、早くなったものだ。
なまえを先に帰したのは失敗だったかな なんて、諦めると言ったそばからもう、なまえのことを考えているなんて。
本当に俺は、面倒くさい奴で困る。

「古橋」

後ろで扉を閉めた瀬戸が、俺を呼ぶ。
振り返ることは出来ない。

「なんだ」
「…泣くくらいなら、無理に諦めるとか言わなくってもいいだろ。別に、嫌いになる必要は無いんだから」

ああもう。
つくづくエスパーか、こいつって男は。

「泣いてない」

よくは分からないが、今日は、頬がやけに冷たく感じるような気がする。



ちょっとつづく
20140224



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