知恵熱



「じゃ、これ以上熱上がらないように気をつけるんだぞなまえ」
「うん」
「何かあったらメールでも電話でも、すぐに言えよ」
「ありがと健ちゃん」
「それじゃ、明日元気んなってんのを祈ってる」
「お大事にな」
「うーん、ばいばーい」

一昨日の夜の電話から。
私はずっと熱を出していた。
昨日遊ぶと言っていたのに、朝起きたら身体がだるくて、熱を計ったらなんと37度5分。
残念だけど遊ぶのを断ったら、皆が遊ぶのを今日に変更してくれたんだけど…
私の熱は下がるどころか勢いづいて上がり、今朝には38度7分にまでなっていた。
仕方が無いので遊びの件は断ったら、バスケしてきた帰りに健ちゃんと康次郎がお見舞いに来てくれた。
いやまあ、健ちゃんは昨日もコンビニでポカリとか色々買って持ってきてくれてたんだけどね。
あー、熱が治ったら、ご飯ちょっと豪華なの作ってあげなきゃなぁ。
なんて。

今携帯を確かめてみたら、ザキからもメールが入っていた。
『大丈夫か?無理すんなよ。ちゃんと熱治せたらご褒美に好きな菓子買ってやるから、明日来いよ。』
なんて、いやちょっと待って、なんかザキが可愛い。悔しい。
と、ビックリ、一哉からも来た。
なになに…
『長ネギ首に巻くといいらしいよー?あ、寝ぼけたりして食ったらダメだかんね。なまえやりそうだわ。』
ってアホかコイツは、まずネギなんて巻かないからね。
例え巻いても食べないし。
人のことなんだと思ってるんだ、全く。

「…はぁ」

なーんか、嫌んなっちゃうなー。
何が って言われたらそりゃ、私にもよくわかんないけど、あえて言うなら今は熱が嫌だよね、なんて。
ウソ。
ホントんとこはまあ、花宮。
が、嫌 っていうか。
なんなの、あの人。
なんか、あっちはそんなつもりじゃないんだろうって分かってるけど、こっちとしては弄ばれてる感覚っていうか…
花宮ってさ、私が花宮のこと気にしてんの絶っ対気付いてるでしょ?
そんな感じ。
一言で言うと、ズルイ。

「なまえ、入りますよ」

すると、ノックの後に聞こえてくるおばあちゃんの声。
熱があるから って一階の和室に一人で寝てるから心配なのか、こうしてちょくちょく来るんだよね。
そんなに大したもんじゃないってのに。

「どうぞー」
「今、お見舞いに来た男の子が、これをなまえにって持ってきましたよ」
「え」
「夏に一回家に来ていた、ええと…」

夏に来た ってことは、あの五人のうち誰かであることは間違いない。
健ちゃんなら名指しだろうし、康次郎だってさっき来たから、自然と残りは三人。
でもザキと一哉はたったさっきメールが来てたし、来るなら一言くらいあるはず。
…ってことは。

「花宮くんですか?」
「ああ、そう、花宮くん。あがっていったら って言ったんだけれど、なまえさんにはゆっくり休んで欲しいので なんて言って、今帰ったところなの」

いい人ですね。
なんて言っちゃって、おばあちゃん、それ思いっきり猫かぶりに騙されてるよ。
にしても。
どうせ来るなら健ちゃんたちと一緒に来れば良かったのに、知らなかった訳でもないだろうし、本当にとことんまで回りくどいなぁ。
こんなことして、全く、何を勘違いさせたいのか知らないけれど。

「おばあちゃん」
「どうしたの」
「…ごめんなさい、ちょっとだけ出てきます。すぐに戻りますし、明日も学校には行けるようにしますから」
「あらあら。はいはい。ええ、気を付けていってらっしゃい」

薄手のベージュのカーディガンを羽織って、私は玄関を飛び出した。
家を出てしばらく続く直線から、ちょうど曲がり角のあたり。
目標を発見。
私は少しだけ走ったところで、彼を呼んだ。

「っ花宮!!!」

私の叫び声に、彼は立ち止まる。
やっぱり外は肌寒い。
息が白くなるほどではないけれど、熱のせいかな。
暑いんだか寒いんだか。
背中に変な汗をかいている。
突然動いて声を出したからか、頭がくらくらして座り込まざるを得なくなり、隣家 つまり瀬戸邸の塀によしかかった。
そうすると彼は焦ったような顔で駆け付けてきて。

「何出てきてんだバカ!」
「だ、だって…」
「何がだって だ」

花宮、怒ってる。
だってお礼も言いたかったし、一昨日の電話から一言も話してなかったし、てか直接聞きたいことや言いたいことだって、沢山あるし。
何より、せっかく来たなら少しだけでも、会いたかったから。
…こんなの、絶対本人には言えないなぁ。

「まぁいいから、家戻れ。…立てるか」

情けない話、立てない。
やばいなぁ…なんか熱、上がってない?
苦笑いで応えると、私の腕を肩に回させて、そのまま背中と脚に手を掛ける花宮。
淡々とするんだね、そーゆーの。
ほら、だから嫌なんだって。

「ねえ、花宮」
「あ?」

今まさに持ち上げられるという時。
声をかけると、すごく素っ気ない返事が返って来る。

「…なんでもない」

やっぱり、まだ言えない。
なんてこと言ってたら、もしかしたら間に合わなくなるかもしれないし、この先ずっと言えないかもしれないけど。
私には これ を伝える勇気と根気は無い。
こんな曖昧で複雑なもの、本当に、どうしていいかわかんないだけで、邪魔だよ。
そのまま首に巻きつけば、花宮はそれを合図にしたかのように、私の身体を持ち上げた。
二回目だね、これ。
なんて言ってても、すぐに家の前。
花宮は私を抱えたままインターホンを押した。

「期待させぶりなんだよ、お前」

おばあちゃんが出てくるまでの少しの待ち時間、彼は小さく呟いた。
それ、どういう意味なの。
期待って、花宮は何を期待していたの。
今の私に何か期待をしていたの?
それならば花宮の方がよっぽど、期待させぶりな気がするんだけど。

「そのまま返すから」

私も小さくそう答えれば、花宮は鼻で笑って、バァカ と一言だけ言った。
一番のバカは一体誰なんだろうね。



「っ花宮!!!」

外からなまえの声が聞こえて思わず外を覗くと、そこには俺の家の前で崩れて座り込んだ彼女がいた。
駆けつけようと思ったが、花宮 という名前を思い出して俺は外へ出ることをやめた。
案の定、すぐに現れた奴は、珍しく焦ったような顔をしていて。
気が付けばなまえは奴に抱えられていて、すぐにその姿は見えなくなった。
…なるほどな。

「まだまだ、一波乱ありそうだ」

俺の幼馴染はどうしてああも、台風の目で居続けてしまうのか。
トラブルメーカーのムードメーカー。
とことんまでそんな感じだ。
全く、困ったもんだ。
そんでも愛されてんだから、あいつって奴は本当、分からない。


20140223



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