「すると、どうしたことでしょう。白雪姫の美しさに感銘を受けた王子様は、白雪姫の身体を引き寄せて、ひとつ、口付けを落としました」

ナレーションに合わせてなまえの身体を引き寄せて、そしてキスをする フリ をする。
外野が煩い。
これが終わったら、あいつらには相当ものを言われるんだろうな。
全く今から気が重い。
にしてもなまえのやつ、練習の時はあんだけ拒否してたくせに、本番になった途端大人しくなりやがった。
そうでなくちゃ困るんだけどな。
今までの努力が実ったのか、それともただ無駄な行為だったのか、今となっちゃよく分かんねえな。

「…よく耐えたな」

小声でそう言うと、薄目開けないようにしたからね なんてアホな答えが返って来る。
今まで目開いてたのかよバカ。
白雪姫は目を閉じてる筈なのに、全く、それじゃ異常に恥ずかしがっていたのにも納得だ。
それが本番になって出来たのは、本当に運が良かったな。
というか、よく考えてみたらなんてシチュエーションだよ、これ。
まるで漫画や小説の中の話だ。
現実にこんなことが起こりうるだなんて、俺もまあ役得だよな、なんて。

ギリギリ唇が触れてしまわない位置。
お互いの呼吸を感じる距離。
なまえは未だ、固く目を閉じている。
普段は見ることの無い化粧の施された顔。
いつもより紅い唇。
長いまつ毛。
ああ、やっぱりこいつ中々綺麗な顔してるよなぁ。
なんてことを考えてしまった俺の頭は、この非日常を過ごすうちに、やはりどこかおかしくなってしまったのかもしれない。

『ホントにしてみりゃ慣れるんじゃね?』

ここで、ふと頭を過ぎったのが、一哉の言葉だった。
本当のキスをしてみれば。
そうか…それも可能なんだな。
今、まさに、この距離ならば。

「!」

そうして気が付けば、俺となまえの距離は0cmになっていて。
あー、なんかもうどうにでもなればいいか。
投げやりになるだなんて、どうにも俺らしくないが、仕方が無い、俺にだってよく分からないのだから。
ゆっくりとまた間を作れば、なまえは大きな目を開いて、俺を見ていた。

「っ…」

動揺しているのか、いや、放心か。
ナレーションが終わったので手を引いて立ち上がらせて王子のセリフを言うも、反応が鈍い。
手を添えていた脇腹を軽く抓れば、はっとしたようにセリフを喋り始める。
慌てているのが丸分かりだ。
そして徐々に紅く染まり始める頬。
今の俺も似たようなものなんだろうな。

…このあと、なんて言い訳をしようか。



二年の演劇、白雪姫が終わった。
ラストのキスシーンが最後まで上手くいかなかったとか言ってたから心配してたけど、なんとか本番は上手くいったみたい。
キャスト紹介も終わると、次舞台を使うところの準備時間に入るってんで、暇潰しに観客もわらわら体育館の外に出て行った。
案外一般客も入ってたなー。
泣き叫んでる子とかは花宮目当ての女の子なんだろうけど、そんなにショックかね?
…って言いたいとこだけど、残念ながらここにも放心状態の奴が弱冠一名。
ね、ザキ。
めっちゃその顔ウケるよ。
古橋は案外平気っぽいけど…意外とそーゆーのは割り切ってんのかな。

俺なんてなまえめっちゃ テンパってんだろうなーって考えただけで、面白くて仕方なかったよ。
会場は煩かったけど、爆笑してたのは俺だけなんじゃないかってくらい笑った。
今度俺もキスもどきしてみよっかな。
楽しそーだし。

「お疲れ白雪姫」
「…うん」

白雪姫衣装のまま戻ってきたなまえ。
声をかけてみたけど、やっぱ反応薄い。
今はイタズラしない方がいいみたい。
なんか何となくだけど、今はふざけちゃいけない雰囲気のような気がする。
いよいよ俺も空気読めるようになってきたよ?
どんだけ緊張したんだかわかんないけど、ぼーっとして廊下へ出て行ってしまった。
着替えに行くんだろうね。
まあ放っておいても、どうせあとから俺らん出し物の時には来るんだろうし、いっか。

「お前ら大人しく観客になれねーのかよ」
「あ、花宮」
「特にお前だ、一哉」

え、俺ー?
確かに煩かったかもしれないけど、会場全体だったら霞む程度でしょ。
てか近くで見たら余計に花宮、王子衣装似合ってんね。
見た目はいいもんなー、無駄に。
これで王子口調になられたら確実に噴き出す自信あるけど。
っていうか、あれ?

「ちょっと待って花宮」
「あ?」
「ここ、どしたの」

花宮の口の横。
ちょっと紅く汚れてない?

「…なんでもねぇよ」

唇を指差して言うと花宮は親指で口元を拭って、ふい と顔を背け廊下へ出て行ってしまった。

「間に合うように戻ってこいよー」

背中にそう声をかけると、こっちは向かないまま、右手の親指を下に向けられた。
ああー、うん。
なんかわかっちったかも。

「瀬戸〜」
「あ?ああ…あぁうん、そうだな」
「…だよね」

ついでに、我らが幼馴染セコム君もわかってるみたいだし。
中々面倒くさくて面白いことが起こりそうだね。



半ば放心状態のまま皆にお疲れ様と言ったところまでは、辛うじて覚えてる。
そしていつの間にか演劇担当の教室に戻っていて、いつの間にか着替えも済ませていた。
何があったの、私の身に。
演劇はやりきったけれども…ああダメだ、思い出したらもっと混乱してきた。
頭ゴッチャんなる。
ワケわかんない。
だって…あれ、キス……

「なまえちゃん、次バスケ部だよ?KIRI-SAKIだってー」
「あ…うん、そだね」
「もー、疲れたのは分かるけど、花宮くん達なんだよ、応援しなきゃ!」
「花宮!?」
「えっ?」
「……いや、ごめん、なんでもない」
「なんかなまえちゃん…変だね」
「堺ちゃんも変だよ」
「なまえちゃんには負けるよお」

変…変ね、そうかもしれない。
けど、ただ一つ言い訳したいのは、私がいつもより変なのだとしたらそれは、確実に私のせいではないってことだね。
すると、サッカー部嵐が引っ込んで舞台は暗転し、赤い照明のみに照らされた。
そこにはまぁ、見慣れた奴ら。
やったらスタイルが良い五人が、どこから調達したんだというような衣装を着て立っていた。
曲目は っと…あったあった。
Love yourself か、なるほどね。

曲が始まってKIRI-SAKIが動き出した瞬間からサビ、そして終わりまで叫ぶ子が多数。
こりゃ妬み嫉みを買っても仕方なかったかな、なんて思えるレベル。
ていうか、え?ウソ、健ちゃん歌ってる…
これは予想外だった。
まさかとは思ってたけど、歌っちゃうんだ。
ジャ○ーズと変わんないねホント。
ファンもつく筈だよ。

『ただ君がそばにいればいい』

いや、康次郎こっち見んな。
ガン見やないかい。
まぁイケメンだよ?
確かにイケメンなんだけど、ちょっとそのキメ顔イラっとするから。

『感じるBalanceちょっと変えてみれば
世界は素晴らしく見えてくる』

一哉とザキのコンビ、いいね。
普通にかっこいい。
皆ソロパートあるとか勇気あるよね。
今んとこ花宮だけじゃん、ソロ無いの。
ていうか、一つ疑問。
これ、曲は誰が選んだんだろうね?
確かに売れ筋ってか有名っていうか、皆聴いたことありそうなあたりの曲だけどさ。
それ以上に女の子ウケ良さそうっていうかなんていうか、ファンの子が発狂しそうだよね。
だってさ、この曲のサブタイトル…

『君が嫌いな君が好き』

だよ。
なんかさぁ、もうさぁ、狙ってるとしか思えないっていうかさぁ、ほんと何なの?
ファン出血死しそうだよね。
これぞまさに出血大サービスってこと?
一哉はなんか分かるけど、意外とザキがラップできたりしてね。
終わったら真っ先にザキを褒めよう。
撫でくり回す刑だ。
なんて、色々考えてたらもう曲も終盤。
一哉のソロが入って、曲が落ち着いてくる。
会場はキャーキャー言ってるし、私くらいじゃないの、こんなに騒いでないの。
嫌な観客だなぁ…

『It's a new world 輝き出す
心のまま 君のまま
その瞳を僕にあずけて…』

この曲一番の見せ場。
ああ、ここで来たか、花宮のソロ…
そうだよね、これは出し物だから、会場の盛り上がりとかで審査もされるわけで。
勝たなきゃいけないわけで。
こういう見せ場で花宮を使って、盛り上がる仕様にするのは当たり前だよね。
でも、これはダメじゃないかな。
個人的な話にはなるけど…
だって、花宮だよ?

『君が嫌いな君が好き』

大きく盛り上がる会場。
今こっちを見たよね なんて、周りの子がキャーキャー悲鳴をあげてて耳が痛い。
あー、嫌だ嫌だ。

「ねえなまえちゃん」

すると、不意に声をかけてくる堺ちゃん。
なんか笑ってるなぁ…
確かに美少女のそれなんだけど、なんか嫌な笑顔でね。

「今、花宮くん、なまえちゃんを見てたね」

この子バカそうに見えて結構言うよなぁ。
気付かなくていいとこに気が付いちゃったりしてて、ほんと、嫌んなるわ。

「そうだね」

やっぱり文化祭なんて、良いもんじゃ無いな。



文化祭、終了
※歌詞引用※曲名文中表記
20140222



前へ 次へ