文化祭当日。

「…ど、どうしよう……」

ついに私は、花宮とのキスに慣れることはなかった。
何を血迷ったのか誰の入れ知恵か、それとも一種の自棄なのかもしれないが、一回本当にすれば流石に慣れるだろ なんて半ギレになられた時は死ぬかと思った。
まあね、確かに私が悪いんだけどね。

「お前、本番耐えろよ、本当に」

頑張るしかないでしょ。
実行委員くんもハラハラした顔してるけど、舞台の上に行けば大丈夫…だと信じたい、かな。
けど、流石に練習の時みたいに頭突きしたり頭突きしたり頭突きしたりは、多分しないと思う。
確証は無い。

「まあ、ともかくリラックスしろ」
「リラックスね」
「深呼吸だ」
「すー…はー……よし」

何はともあれ。
あんだけ酷い仕打ちをしてきたにも関わらず、こうして本番前に私を落ち着かせようとしてくれている花宮には、やっぱり大舞台で恥はかかせたくないよね。
申し訳なさすぎる。
っていうか花宮だけじゃなくて、これまでみんな頑張ってきたわけなんだし、私一人のせいで台無しには出来ない。
開演のマイクが入り、ブザーと共に幕が開く。
緊張の一瞬。
ナレーションが終わると、いよいよ意地悪母さんが鏡に問いかけて、次に漁師さんが舞台に行く。

「…よし、いってくるね花宮」

そう言えば、短い返事が返ってくる。
もう、この次から私は出番だ。
残り数秒という時、肩をトントンと軽く叩かれ花宮に呼ばれた。

「なまえ」

振り返ると、花宮はふと目を逸らし、抑揚も付けずに小さな声で一言放つ。

「その衣装、似合ってる」
「…え」
「…いいから行け、バァカ」

そうして背中を押された私は、ライトに照らされた舞台に足を踏み出した。



「おお、白雪姫、なんということだ」
「白雪姫が死んでしまった」

変装した意地悪母さんの毒リンゴを口にして倒れた白雪姫は、小人達に運ばれて棺に収められる。
ちなみに、意地悪母さんの役は堺ちゃんだ。
凄くノリノリでヒッヒッヒ とか言っていたけれど、まず声が可愛いし演技も幼いので、ただ可愛いだけだった。
白雪姫、堺ちゃんがやればもっとお客さんが入ったんじゃないかな、なんて。
棺の中で、私はそんな虚しいことを考えていた。

「さようなら白雪姫」
「さようなら、さようなら」

棺が持ち上げられ揺られる。
ああごめんよ七人の小人たち、さぞ重たいだろう。
後でちゃんと謝るからね。
と、そう言えば、観客席の割と手前の方に健ちゃんやら一哉やらの四人が来てたなぁ。
康次郎がっつりデジカメ構えてた。
健ちゃんたらビデオ回して、子供の学芸会を見に来たお父さんみたいになってたし。
あっやばい、思い出したら笑そう。
ダメだよ耐えて、耐えてよなまえ!
そろそろ王子様がやってくる、そうしたら目も開けられる!

「おや、小人達、こんなところでどうしたのですか?」

来た!
花宮王子、来たああー!
ヤバイ、やっぱりこの王子様の口調、何回聞いてもウケる。
ていうか今観客席で噴き出したのってさ、絶っっっ対、一哉でしょ?
あいつすぐ噴き出すからね…いやまあコレは仕方ないか、うん。
って、緊張をほぐしてみたりして。

「これはこれは王子様、聞いてください」
「この娘の名前は白雪姫といいます、とても明るく優しい、美しい娘です」
「その白雪姫が、死んでしまったのです!」
「おお、なんと悲しいことだろう!」

あああもう、やばい、問題のシーンきちゃうよ、急に心臓バクバクしてきた。

「白雪姫、その美しい寝顔を見せてごらんなさい」

花宮王子は棺の中の私の身体を起こして支え、そう言った。

「ああ、お前たちの言うとおり、本当に、なんと美しい娘だろう」

…あれ?
ちょっと待って、このシーン、身体を起こして とは言ってたけど、手を握って なんて指定あったっけ?
いや、無いよ。
そんなん台本に書いてなかった。
…ああー、うん。アドリブ?
アドリブってやつなの?
俳優スイッチ入っちゃって、ついついアドリブしちゃった感じかな?花宮。
そうだよね。
ちょっと、ねえ?

「すると、どうしたことでしょう。白雪姫の美しさに感銘を受けた王子様は、白雪姫の身体を引き寄せて、ひとつ、口付けを落としました」

ナレーションが入ったと同時に、内容通り白雪姫 つまり私の身体は引き寄せられる。
ああ、キスシーンか。
いつもここで薄目を開けちゃうから恥ずかしかったわけで、ずっと目閉じてればなんてことはないんだね。
もっと早く気が付けばよかった。
そうして観客席からは、黄色い声や茶化すような口笛、はたまた絶叫や泣き声が一斉に上がった。
来たのか。見えないけど。
叫んだり泣いたりしてる子は花宮のファンだったんだろうな…
ごめんね。
こんなことになるだろうとは思ってたから、出来ることなら、私もあんまり白雪姫にはなりたくなかったんだよ。
あと一哉うるさい。
爆笑しすぎ。

「…よく耐えたな」

小声で花宮が言う。

「薄目開けないようにしたからね」
「今まで目開いてたのかよバカ」

本当に、今、唇と唇が触れるような距離にいるんだろうね。
お互いの息がお互いの唇に当たるのが分かって、すごく、恥ずかしい。
もう今更騒いでも仕方が無いけど。
ナレーションが喋り終えるまで、このまま固まっていなくてはならない。
話すこともなく、そのまま。
当然、目は開けていない。
さあ早く終わってくれ、ナレーション。
そう思った時だった。

「!」

私は目を開けた。
開けざるを得なかった。
目の前には、少しだけ斜めに顔を傾けた、花宮のきれーなお顔のどアップ。
そうして唇には、柔らかい感触。
少しだけ押しつぶされるくらいの力加減で、唇と唇がごっつんこ。
これって。
これって?

「っ…」

す と少しだけ離れる花宮の顔。
そうしてまだ近い位置にある彼と、ばっちりと目が合った。
やばい。
これは、大変だ。
心臓が凄い音でどくどく言い出した。

「するとなんということでしょう、白雪姫が生き返ったのです!」

ナレーションではっと我に返ると、花宮王子に手を取られたまま、二人で立ち上がる。

「おお白雪姫、生き返ったのですか!」

花宮のセリフ。
まだ唇に残る感触に、またぼうっとしてしまい、軽く脇腹を抓られる。

「…おい、セリフ」
「あっ。あ、はい!おかげさまで!」
「本当によかった…私は隣国の王子です、よろしければ白雪姫、私と結婚していただけませんか?」
「よろこんで」

こうして、二人は七人の小人達を召使いに迎え、隣国のお城で末長く幸せに暮らしましたとさ。
ナレーションで締められたのち、ブザーが鳴って、最後にキャスト紹介。
白雪姫役、2年7組みょうじなまえさん。
なんて、ああ、やっぱりやるんじゃなかったよ、白雪姫なんて柄じゃないもんは。
こっちは気が気じゃないっていうのに、隣で花宮はにこにこと穏やかな笑みをばら撒いてるし。
それにしても、うん、観客席が凄いカオスだなぁ…と、現実逃避になるならば、今考えることはもはやなんでもよかった。


20140221



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