文化祭まで二週間。
俺が担当するのは演劇と舞踊の二つで、見事に掛け持ち。
というのも、健太郎や康次郎といったいつもの奴らが全員舞踊担当であり、バスケ部でグループを作るから俺にもやれ と誘ってきたのだ。
別に可能であるから構わないのだが、あいつらは一体俺をなんだと思っているのか。

今日から準備期間も始まり、ここで二度目の話し合いの時間が設けられ、演劇組では実行委員を中心に役割決めが行われていた。
台本は、ベタなことにも白雪姫。
まあ何が来ても俺を主役に推薦する奴はいると思ってはいたが、案の定、俺は王子役に選ばれた。
しかも王子役は白雪姫役を指名していいということらしかった。
普通、逆じゃないのか。
という突っ込みは不要みたいで、実行委員に留まらず、なまえを除いたその場にいる全員が全員、その決め方に賛成のようだ。

「それじゃあ、花宮君!お相手の白雪姫を選んで下さい!」

それならば答えは決まっている。
迷うはずも無い。

「みょうじさんでお願いします」

下手に誰かを選ぶのは楽じゃない。
なぜなら俺にとって興味の無い奴らなど所詮は その他大勢 でしかなく、その個々に違いなど無いに等しいからだ。
同学年の誰だかさん。
そんなところだ。
その例外に当たるのが、なまえだ。
俺はこいつに興味があるし、決して嫌いでは無いし、一緒にいる時間が好きだ。
まあ色々と述べはしたが、つまるところ俺はなまえのことが好きなわけで。
自分が王子で好きな奴が姫だなんて、そりゃそんな美味しい展開があるのなら、望んてしまうというものだ。

こんなことを言えば俺を知る奴らには、らしく無いと笑われそうなものだが。
それでも俺だって人間だし、それなりに普通の男子高校生らしい面の一つや二つくらい持っている。
だからそんなあからさまに嫌な顔をされれば不愉快にもなるし、断られて良い気はしない。
心配しなくても、この前みたいな嫌がらせはもう起きないっつーの。
周囲からの煽りや実行委員の懇願、俺の演技じみた切ない視線に負けたのだろう。
なまえはついに首を縦に振った。
ふん、初めからそうしてりゃいいんだよ。
それともお前の大好きな健ちゃんなら喜んで飛び付いてきたのか?
これが部活中なら、それくらいの皮肉を吐いてやるものを。

「頑張ろうねみょうじさん」

笑顔を作ってそう言ってやると、なまえは全て諦めたようにして小さくため息をついた。
しかし、白雪姫役を心底嫌がっているわけではない。
表情がそれを語っている。
これから二週間、楽しみだ。



準備期間に入るといよいよ、役者と裏方に分かれての練習が始まった。
私と花宮は役者、しかも主役なわけで。
演劇部の演技指導もついてしまったうえ、覚えるセリフなどもそれなりに多いので大変だ。
とは言っても花宮は王子だし、出番っていう出番は最後しか無いようなものだから、白雪姫に比べたらずっとマシだろう。
ちくしょう。
セリフ覚えるのとか絶対私より花宮のが得意なんだから、花宮が白雪姫やればよかったんだよ。
そしたら私王子やるから。

というか、舞踊との掛け持ちの件も、こうなることを見越してOKを出したのかな?
どうせ王子に選ばれて暇になるから。
…なんて、考えすぎか。
基本的に花宮に不可能なことは無い。
いや、ホントに。
蓋を開けたらあらビックリ、それがいくら大変なものだとしても、一度やると言ったら最後までやるし。
要するに、負けず嫌いで頑固者だから、花宮は。
飄々としてるように見えるけどね。

「ていうかさぁ、白雪姫ちょっと騙されすぎなんよ!なんで何回も殺されんの!?」
「お前にピッタリだろ」
「それどーゆー意味」
「すぐ騙されそうって意味だ」
「あーあ、ドレスで練習ならもうちょいモチベーションも上がったのになぁー」
「似合ってるぜそのジャージ」
「嬉しくないわ!」
「喜べよ」
「王子様が金髪高身長のイケメンだったらもっと喜んで白雪姫になるのに!」
「いや、それは困るだろ」
「困んないよ」
「はぁ?目の前の黒髪の王子様とキスも出来ねーくせして何が困ってないんだよ?」
「………」
「これよりイケメンだったらキスなんて確実に無理だろ、お前」
「…大丈夫だもん」
「じゃあ早くすんぞ、ホラ」
「や、やだっ」
「何でだよ」
「無理」
「ふざけんな」

と、今は放課後なんだけどね。
フリとは言え、キスのシーンでどうしても私が照れて上手くいかなくって。
放課後、まずは人目のつかない別の教室で慣れるための練習をしよう と花宮が言いだしたので、今は二人きり。
いや、別にふざけてないんだよ。
本気で恥ずかしいだけだよ。
ほんと、冗談抜きに無理、照れる。
なんでこんな恥ずかしいのか分かんないくらい。
でもまぁ時間は待ってくれないし、練習はしなきゃいけないわけで。

「フリなのにそんな照れるかよ」
「別に照れてない」
「じゃあ顔上げろ」

割り切るところは割り切らなきゃいけないってことも分かる。
から、仕方ない。
顔をあげると、いきなり素直だな なんて花宮が言った。
何それ。
いいから早く済ませてくれ!
…って、いや、違うか。
慣れなきゃ終われないのか、この練習は。
少し首を斜めにして徐々に近付いてくる花宮のきれーなお顔。
ヤバイ、ヤバイ。

「…ぶっ」

思わず固く目を瞑ると、突然花宮が噴き出した。
何かと思ったら、私の肩に頭を乗せてプルプルと震えている。
笑いを堪えているみたいだ。

「な、なに花宮…」
「どんだけ恥ずかしいんだお前は」

そう言って、二の腕を押さえていた手はするりと背中に回される。
軽くテンパっていると、そのまま流れるように自然に背中をポンポンと叩かれた。

「ホラ、練習するぞ」

あ、ああ…そういう?
そういうことね?
…なんだよ、ハグかと思ってビビって動けなかった。
だから嫌なんだよ、花宮って。
期待させぶりなゲス野郎だもん。
今のは多分、そういうのではないんだろうって分かってるけどさ…
まあ、珍しく楽しそうで何より かな?



20140221



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