「は、花宮くん…ちがうの、これはっ」

一体、何が違うというのか。
言い訳はせめて、そこの頬を赤く腫らしてずぶ濡れになっている、なまえを隠してからにしたらどうだ。
なるほど、これなら来れないわけだ。
誰より早く部活に来るようなあいつが、特に用事もないくせに遅れるだなんて真似をする筈がない。
ギリギリの時刻になっても来ないから、健太郎達を連れて探しに出てみれば、まさかこんな、体育館裏なんてベタなところにいたとはな。

「俺らも交ぜてよ」

近頃、何だか様子がおかしいのは分かっていた。
何よりそれらしい現場も見たことはあるし、日頃康次郎から、そういったことがあるかもしれない ということは聞いていたからな。
だから、いつかは来るだろうと思っていた。
今日もどうせ、こんなことになっているのだろうと思っていた。
…がしかし、事前に防ぐことは出来なかったのか、という後悔も、無くは無い。
いや、ある。
俺の言葉で、ヤバイ ということにすぐ気が付いたらしい連中は、なまえに向かって謝り出した。
そしてそのさなかでの、誰に対してなのかも知れない言い訳。
違うだとかこんなつもりじゃないとか、一体何を言いたいのか。

「おいなまえ、立てるか」
「…うん、ありがとザキ」

弘の手を借りて立ち上がったなまえが、こちらに戻ってくる。
それを見た連中の一人も、駆け寄ってくる。

「みょうじさん、その、先生には…」

一応女だとわかっているから殴るような真似はしないが、それにしてもイラつくな、こういうのは。
人殴って怪我させてずぶ濡れにしておいて、それでいて先公には言うな?
甘い奴だ。
なまえ自身はこの面倒ごとを回避出来ればいいだろうし、何より俺たちがこうして来たことによって、今までのような目には合わなくなるだろうが。
すると、なまえはにこりと笑った。

「いいよ、言わない。気にしてないから」

まさかそんな訳あるか。
思ってもいないことを述べるのが社交辞令だと分かっているが、随分とまた優しく出たものだ。
これで舐められたままでいれば、また同じような目に合うかもしれないというのに。
なまえの言葉に安堵したかのような息を漏らし、連中は顔を見合わせた。
安心しきっていやがる。
何だか腹も立つし、ちょっとばかし一喝でもいれておくか と一哉あたりに目配せしたその時のことだ。
なまえが小さく肩を揺らし始めた。
下を向いて小刻みに、何に耐えるように。
…なんだこいつ。
まさか、笑ってんのか?

「…ふ、ふふふふっ…」

こみ上げるような笑い。
この流れは、もしかして。
なんだか分かってしまったような気がする。
するとなまえは顔をあげて、連中に一言放った。

「ってそんなワケないでしょ、ばぁか!」

そしてその瞬間、一哉と康次郎が盛大に噴き出した。
弘は呆気にとられ、健太郎は…苦笑いか。
にしても、やっぱりそうきたか。
そうだよな。
こいつは基本的に大らかに見えて案外我儘だし、どっちかっていうと心は狭い方だ。
それに近頃は地味な嫌がらせを受けてきていた訳だし、ここで許したなら、そっちの方がむしろ不自然というものだ。

「男といりゃ何でもかんでも恋愛沙汰になるって言うの?私そもそも男友達って言ったらこいつらくらいだから。男と仲良いってんならあんたらのがよっぽどビッチだわ!人の振りみて我が振り治せってんだよ、この…イイコちゃんめ!」

なまえは言葉を続けた。
そこで我慢しきれなくなった一哉がしゃがみ込み腹を抱えて笑い出す。
いや、これは、まあ、笑っても仕方が無い。
連中も呆気にとられたようで、何も言い返せずそれを聞いている。

「おい、もういいだろ」
「…うん」
「ほら一哉も立て。部活行くぞ」

そうして、俺たちは体育館裏を後にした。
ずぶ濡れのなまえの肩からジャージをかけて。
今日わかったことは、一つ。

「なまえ、やっぱお前面白いな」

そう言えばキョトンとして俺を見るが、他の四人はうんうんと頷くだけだった。
ばぁか ってか。


「そんなワケないでしょ、ばぁか」(ちひろ様提案ネタ)
可愛い可愛いネタありがとうございます、管理人は少し夢主が好きになりました。
20140219



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