「……酷いな、いきなり」
「っ…」
「知ってるぜ、瀬戸健太郎君?そういや同じクラスだよなぁ。随分賢い頭を持ってるようで、ホント、羨ましいよ」

やはり読み違えてなどいなかった。
花宮はなまえの名を口にした。
襟首を掴みロッカーに押し付けると、花宮は、まるで動じていないかのように、むしろ笑みさえ浮かべて、そうまくし立てた。
まさか。
贔屓目無しに見たって確かにあいつは花宮の言うように賢いし、柔軟性も充分すぎるくらいで、おまけに物事に対する順応性だって相当高いと思う。
おそらく、頭のいいこいつのやり方というものにも着いていけるだろう。
が、しかし、そんな事をなぜ花宮や古橋が知っているのかと言うのが一番の問題で。
同じクラスだという古橋ならば、まだわからなくも無い。
けれど、こいつは…

「中学時代は随分不真面目にバスケをしていたと思ったが、ココに来てからの練習は、随分と一生懸命取り組んでいるじゃないか」

こいつのやり方は、まずは相手の情報収集から始まるものだと、この前のゲームで分かった。
知っている相手であればあるほど、上手く貶めるのだ。
そのためには、見えなければいい と豪快なラフプレーだってするし、正直なところ、あまり綺麗なバスケをしない男だ。
しかしそれは正しい位置から見た時の話であって。
ある意味、徹底して賢いやり方ではあるから、俺は別にこいつのやり方を批判するつもりは無いし、むしろ乗っかるつもりではあった。
だがここになまえを巻き込むともなれば、話は違ってくるというもので。

「それって、彼 女 が関係あるのかな」

花宮は依然、笑ったままで言った。

「…お前なぁ」
「おおっと、怖いなあ…お前、俺のやり方自体には文句は無いんだろう?彼女、ちょっとだけ貸 し て くれよ」

何が貸してくれ だ。
こいつの下で仕事なんて、絶対にそんなことさせたくないな。
すると、何か気付いたらしい山崎が立ち上がる。

「おい花宮、みょうじって…たぶん俺、そいつ知ってるわ。にしても、みょうじは瀬戸と何か関係あんのか?」
「あり過ぎるくらいだろ。なぁ、みょうじさんの大事な大事な幼馴染くん」
「はぁ?幼馴染?」
「…まあ合ってるよ、それで」
「相当仲良いってわけか。じゃあみょうじも来やすいんじゃねえの?都合いいじゃん」

山崎の発言に、花宮は大層楽しそうに笑った。

「ふはっ!バァカ!だからこそ、だろ」

やっぱりこいつは、クソみたいな奴という印象で、間違って無いみたいだ。

「大切だから、こんなところに放り込みたくない。大切だから、こんなところにいる自分を知られたくない…」
「!」
「知ってるぜ。お前のいた中学で、お前のいたチームで、お前のバスケをずっと見てきたのはあいつだ」
「っああ、そうだな」
「そうだよな、そりゃあ嫌われたくないよなぁ」
「………」
「情のひとつやふたつ、沸くってもんだよな、解るぜ」
「……黙れよ」
「幼馴染だなんてよく言うぜ、なあ、教えてくれよ、いつからヤッてんだ?」
「…黙れっての!」

まともに思考することすら叶わない、完全にこいつのペースだ。
さすがに、腹立たしいくらい、人の嫌がるポイントを突くのが上手いんだな。
掴んでいた襟首を勢い付けて放すと、床に座りこむ花宮。
横で原と山崎は少し驚いていたようだが、古橋は、ただ冷静にこちらを見ていた。

「まあ、どちらにせよお前の考えなんざ知らねーよ。俺はあいつを気に入ったから引き込む、それだけだ」
「………」
「…お前もココにいたいなら、イイコちゃんは卒業するんだな。お前が思っているよりも、みょうじは案外、やれる奴かもしれねーぜ?」

そうして花宮は、立ち上がるなり出口の扉を開けて、この場を去っていった。

「クソッ」
「瀬戸、あんま荒れんなよ。ほら、あいつも口わりーし、ありゃ言い過ぎだったけどさ」
「…すまん、原」

いや、本心では解っている。
花宮はすげえ奴だ。
まあどうやったのかは知らないが、何せ、なまえを見抜いたんだ。
その上あいつがなまえにやらせようとしていることは、的確になまえの特技を突いた仕事だろう。
それに俺のこの気持ちや何もかもが、全てエゴでしか無いと言うことだって解っている。
ここになまえの活きるであろう場所があるということも。
俺の考え方は、なまえを閉じ込めることにしかならないということも。
…むしろなまえは嫌うどころか、花宮のバスケを一つの形として認めるであろうことも。
あいつはそういう奴だって、俺が、一番よく解っている。

ああ。
だからこそ苛立つのだ、花宮がそれを全て解った上で話していたことに。

だからこそあいつも苛立ったのだろう、俺が全て解った上で、保身の綺麗事ばかりを考えていたことに。


20140218



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