ちょっとだけ過去と切っ掛け



「そういえば」
「んー?」
「お前がマネージャーになってから、もう一年以上経ったんだよな」
「そうだねぇ、ホント、あの時はびっくりしたよ。何せ、入試トップで入学式に壇上に上がってた有名人が、ある日突然私んとこに来たんだから…てか、いきなりそれがどしたの、健ちゃん」
「いや…」
「何?」
「ちょっとな、思い出したんだよ」
「思い出した?」
「ああ、花宮が勧誘に行く前日のことだよ」



一年前の春

「レモンの蜂蜜漬け食べたい」

男子バスケ部に入部してからおよそ一週間が経った頃。
騒動は、軽口ばかり叩きながらも実力は申し分無い、原一哉のこの一言から始まった。

「作ってきてやろうか」
「えー、ザキがぁ?めちゃくちゃ可愛いマネージャーの手作りじゃないとヤダ〜」
「てめっ」
「だって女の子足りなすぎんよ、ココ!むさ苦しい!潤いが、潤いが欲しいー!」
「じゃあ今すぐバスケ部やめろ!」
「それはヤダ」
「何なんだよてめぇは!?」
「だって!」

グダグダと口論をしていると、その二人の会話に、予想外の人物が乗っかった。
うちの部の中では比較的小柄な方で、不健康そうな肌の色をした、何を考えているのか分からない奴。
一年ながら既に上級生を圧倒し、次期部長は間違い無いとまで言われている。
まあ、どうにも分かる話だ。
彼は中学時代から無冠の五将だとか呼ばれているとか、なんとかで…まあ、一言に言うと天才様って奴だった。
名前は、花宮真。

「マネージャーか、いいんじゃないか」
「あ、花宮じゃん。何、お前マネージャーとかキョーミあんの?意外なんですけど」
「まさか」
「じゃーなに」
「時期にこの部は俺が支配することになるのは、目に見えてんだろ?俺のやり方に着いて来れるだけの頭と腕持った、丁度良い雑用が欲しいと思ってたんだよ」

天才だかなんだか知らないが、全くもってイイ性格をした奴だと思った。
まあ、あえて奴のようになりたいかと聞かれたら、決してなりたいとは思わないが。
俺とこいつは特進クラスだし、三年間一緒のクラスで過ごさなくてはならないので、余計な波風は立てたくない。
そう言い切っている花宮を横目に、俺はロッカーを開け、素早く着替えを済ませた。

「うっわ、やっぱし性格わりーね。雑用って、せめて助手って言いなよ」
「ふはっ、どうとでも言えよ。まあ、目星は付いてんだけどな」
「え、マジで?可愛い?」
「さぁ、お前のシュミを知らねーからな。ま、少なくとも コッチ の方は、おそらく俺好みのオンナだと思うぜ」
「頭?イイの?」
「まあな。入学始めのテストの成績はまぁまぁみたいだったが、悪かねえ。それよりも他に気になる点が多いんだよ。なぁ?康次郎」
「…ああ。一見馬鹿そうに見えて、相当な観察力を持っていると思う」
「目を合わせて一度話してみれば分かるぜ」

目を合わせて話せば って、観察力云々と言うなら、花宮本人の方が、よっぽどある気さえする発言であった。

「ふーん、で、お前古橋だっけ?なんでお前も知ってんの」
「同じクラスなんだ」
「へー、何組?」
「7組だ」

7組か、特進クラスである8組の次に頭の良い奴がいるクラスだなんて、この古橋康次郎とかいう奴は、結構頭が良いらしい。
そういや7組と言えば、俺の幼馴染のみょうじなまえもそこだったっけ なんて、考えた途端、ドクンと胸が跳ねた。
そうして、練習後で身体は熱く火照っている筈だと言うのに、額からは冷や汗か伝う。

「へえ、そりゃ頭もいーわけだ」
「ふはっ…何で7組にいんのか知らねーが、まあ、下手に8組にいるバカ女共よりかはよっぽど優秀だろうな」
「ふーん」

俺は今まさにこいつらの話を聞きながら、なまえだけはこいつらと…主に花宮真とは関わらせるべきではないと、そう考えていた。
もしも関わってしまうようなことになれば、傷付かないよう、壊れてしまわないよう大切にしてきた幼馴染が、いとも簡単に変えられてしまいそうだと直感したからだ。
なまえは決して俺の所有物ではないし、俺はあいつを側に留めておく術を持たないけれど。
それでも、誰か他の奴に変えられてしまうことだけは、どうしても避けたいことだった。
心事情は複雑なのだ。

「そんで、そいつの名前は?」

心臓が速く脈打つ。
まさか、そんな偶然もあるまい。
そう考えることが出来るのなら、どれほど良かっただろう。
どうやら俺は高いIQを持っているとかなんとかで、人より頭の回転が早いらしいが、今は、その回転の速さが恨めしく感じすらする。
花宮は、口元に一つ笑みを浮かべて、その名前を呟いた。

「みょうじなまえ」


20140218



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