潜んでる罪悪感とある始まり



体育の授業中のことだった。

「なまえちゃーん!」
「みょうじ!ファイトー!」

男女ともに、授業内容はバスケット。
体育館全面を使ったゲームをしている時のことだった。
男子は壁側で観戦。
交互に行い、今は女子の番だった。
私がゴールを決めるか相手を抜くか、いい動きをするとちょいちょいガッツポーズをしている康次郎がおかしかった。

「なまえ!」
「?」
「がんばれ」

名前を呼ばれ振り向くと、柄にもなく親指なんて立てちゃって。
全く、似合ってないっつーの。
途中経過、得点は17-18。
男子のバスケを見慣れちゃうと、女子のバスケって勢いが足りなくって物足りないよね。
まあ、相手チームに女子バスケ部が二人固まってしまったこの状況なりに、私もよく頑張った方だとは思う。
バスケは苦手じゃないので、苦手な子を引っ張るプレーも出来たと思うし。

「ナイッシューみょうじ!」
「あーい」
「いやぁ、アンタいて助かったわ」

相手のスリー、からの、こちらも対抗してスリー。
決まった。
ううん、つくづく私、なんでマネージャーやってんだろうね。
黙って女バス入ってても良かったんだけどなぁー…なーんて、それは無理か。
ていうか、女バスの子には元々あんまり好かれてないし、うん、別の意味でも女バスは無理かな。
そしてこのまま、1点差で負けようかという時のことだった。
例の相手チームの女バス二人の間のパス。

「っ…」

それが、狙いすましたかのように私を挟んで行われて、固いバスケットボールは、私の頭に直撃した。
ちょうどこめかみの辺りに強く受けてしまい、思わず倒れこむ。
いやいや、ココって骨が一番薄いところだからね、一番脳に近いところだから。
なんだか朦朧としながら地に伏していると、女バス二人のしたり顔が目についた。
…はぁぁぁん?そう。
いや、そんなこったろーと思ったけど。
こいつらさては、男バスのファンだな?
なんか多いんだよね、女バスには、あいつらのファンっていうか。

――ピーッ…

勿論笛が鳴る。
ああもう、ダメだよ。
本当にあいつらのゲーム見たことあんの?
そ う い う こ と はさぁ、審判の目に届かないところで上手にやらないと。
それにしても。
あーあ…
ついに来たかぁ、こーゆーの。
男バス女マネ って時点で、まず良く思わない人もいるってことは知ってたよ。
ましてあいつらはそれなりに人気はあるし、っていうかバスケ部以前にモテてるし、花宮とか…あとはそうだね、一哉も結構モテるかな。
康次郎もザキも健ちゃんも、好きだって言う人は少なからずいるのは知ってるよ。
それでも陰口言ってるくらいの人なら、まあ、今までにもいたのは分かってたし。
むしろ、今まで平気だったのが謎なくらいだけど、ここでこんな感じで来たか って感じだわ。

「っ大丈夫かみょうじ!?」

チームメイトと教師が駆け寄ってくるのが視界の端に映る。
暑苦しい教師の掛け声。
いや、ほんと、そういうの頭に響くから。

「あ…いや、大丈夫す…」
「無理はするな、保健室に行くぞ。おい、体育係、あとは任せてもいいか?」
「え、ちょ…」

体育教師に腕を掴まれ、肩を組まされそうになる。
やめて、腰触んないで。
そういやこの教師、セクハラしてくるとかなんとか、この間クラスの女子が言ってたような…
いやいやいやいや、ちょっと待って、なんか生理的にイヤなんだけど。
でも抵抗出来ない。
てか抵抗したらまた転ぶ。
うわぁぁヤダヤダヤダ、待って、これなら体育館の端で休んでる方がマシだよ。
とか、思っていると。

「っあ、おい古橋!」

身体が浮く感覚。
教師の言葉と、それに続いて黄色い声と男子の茶化すような声が、背中から聞こえる。

「俺、保健係なので」
「いいって、俺が連れて行くからお前は授業を…」
「まだ授業は少し残ってますし、先生がいなきゃ成り立たないでしょう。じゃ」
「ううん…それじゃ頼むぞ」

随分と近い位置にある康次郎の顔、そして地に着いていない足。
まだ若干朦朧としたままこ頭で考えるに、おそらく私は、康次郎にお姫様抱っこをされているのではないだろうか。
いや、間違いないか。
ていうか、康次郎って保健係だったっけ、いや違う、こいつ学級委員書記だよ。
だって学級会の時、私が議題進めてる間はいつも、こいつ後ろでチョーク持ってメモってるもん。
嘘ついてまで運ぶ価値ある?私。
ていうか以前花宮に同じ事をされた時にも思ったけど、重いでしょ、これ。
すごーく申し訳ない。
なんて思ってても時間は過ぎるわけで、康次郎の長い脚じゃあすぐに目的の場所に着いてしまう。
保健室へ入ると、中には誰もいない。

「誰もいないみたいだな。とりあえず、ベッドを借りよう、先生が来たら俺が説明する」
「…ん」
「まだ、痛いか?」
「ちょっと」
「…ぼうっとしてるみたいだな。横になるといい、冷やすものを持ってくる」
「あ…」
「ん、どうした」
「…康次郎の、手」
「俺の手?」
「いつも、冷たくて気持ちいいから」
「………」
「手、だめ?」
「…これでいいか」
「んー…」
「………」
「……………」
「…なまえ」
「…んー…?」
「俺はお前のことが好きなんだぞ」
「…うん」
「甘えられるのは嬉しいが、その、あんまり、そういう可愛いことをされるとだな…」
「………」
「…やっぱりなんでもない」

変な康次郎。
というか、可愛いことって、何。
手、気持ちいいのは本当なんだけど、やっぱり甘えすぎが良くないってことかな。
てかまさかここでまた好きとかなんとか、ほんと、不意打ちとかやめてよね。
最近の私はなぜだか靡きやすい仕様になってるみたいで、そういうことをされちゃうと、つい、ドキドキしちゃうんだからさ。
いや、でも、今の康次郎の話からしたら、私も悪いのかな?
少し意識の戻ってきた頭で、私は伝える。

「…康次郎」
「ん?」
「私、康次郎にドキドキすること、あるよ、今みたいに」
「それ…」
「でも、やっぱわかんないんだよね、私、自分のことのはずなのに」
「…ああ」
「変だね」
「…そうだな」
「…ごめんね」
「いや、いいんだ」

あーあ。
私もこんなんだから皆のこと困らせて、そんでもって、恨まれるようなことにもなるのかな、なんて。
それでも康次郎は怒ることなんてしないし、花宮だって変な反応ばっかしてる私を気持ち悪がることをしないし、健ちゃんだって曖昧な私を認めて接してくれている。
だから、不思議。
皆、なぜこんなにも分からない私を嫌わないのか、私は分からない。

「いいんだよ、それでも」
「…うん」

薄く微笑む康次郎の冷たい手に撫でられながら、私は、一つだけ頷いておいた。
胸の中には、二重の罪悪感が渦巻いて、それはまた、私を結末から遠ざけていた。



お姫様だっこしてほしかっただけな筈なのだが
20140218



前へ 次へ