「じゃ、俺ここね、奥」

寝る場所を決めようかという時。
真っ先に、一哉が入り口側の角を取る。
頭の方を対にして三枚を敷いているので、まあ、初めに取るには無難な場所だと思う。
こうなると、次に取る奴が動きづらい。
空気を読むなら、どこか端を取るべきなのだろうが、ここで予想外の奴が動き出した。

「じゃあ私ここー」

なまえ。
奴が、一哉の隣に座ったのだ。

「え、なに真っ先に来てんのさ。俺ここヤダ、絶対夜中なまえに襲われる」
「襲わないし、 だとしたら逆でしょ」
「何で俺がなまえを襲うのさ、頭ん中プリンでも詰まってんの?」
「何それ」

まさかのまさか な展開だったので、全員が驚きを隠せないでいる。
いつも通りおちゃらけているが、内心では一哉も驚いていることだろう。
こいつのことだから、きっとまたいつも通り、健ちゃんの隣がいいとか何とか言うと思ったのに。
現に俺の家に来た時は、健太郎の隣どころか一緒に寝ていたからな。
最も、当の本人は特に何も考えていないのだろうが。
それが何より厄介だった。
そして、残された俺たち四人を見兼ねてか、一哉が一言。

「…じゃんけんすれば?負けた奴がそこ」

それがいいか。
ある意味罰ゲームのようなものだし。
さて決めるかと手を出すと、健太郎が俺はいいや と言って、一哉と対象の位置にあたる角に腰を下ろした。
裏切りやがった、こいつ。
なまえはなまえで、皆そんなに私の隣が嫌か とか何とか喚いているし。
そうすれば、大体こういうのはパターンなんだよな。

「…俺か」
「がんばれ古橋、どんまい」
「ちょっと一哉どんまいって何なの、どんまいって、えっ私実は嫌われてる系なの」
「好かれてない系じゃね」
「泣いていい?」
「いいよ」
「止めてよ、そこは!」
「嫌だし」
「夜中襲うぞこのイケメンが、おらおらデコ見せろやデコー」
「うっわ誰か助けて俺の貞操がキケン」
「は?一哉童貞なの?」
「なわけないじゃん」
「ですよねー」

残りの二箇所もじゃんけんで負けた方がなまえと枕を向かい合わせに寝ることになったが、これは俺が負けた。
何となくそんな気はしていたが、隣よりはずいぶんマシだ。
さて、場所が決まったところで床に就くわけだが、果たしてこいつらには、寝る気ってものはないのだろうか。と。
結局この夜も更けるほどの騒がしさは、深夜二時頃まで続いていた。



全員が完全な眠りに落ちてから少々。
時計で時間を確認すると、ちょうど深夜三時を過ぎたところだった。
下手をすると、もうすぐ早朝という時間帯である。

「………」

よし。
布団から出ても、誰も起きた気配は無い。
康次郎を跨いで健ちゃんの傍を通り、襖を開け、昼間とは打って変わっていくらか冷たくなった板間の廊下を歩く。
目指すは階段脇のトイレ。
ああ、寝る前に水分摂り過ぎたかな。
寝てから一時間程度しか経っていないと言うのに、まさか、尿意に起こされることになろうとは。
用を足し終え手を洗い、廊下に出る。
ううん涼しい。
昼間もこれくらい過ごしやすければいいのに、なんて日本の八月舐めすぎだよね。
八月なんて北海道だろうが軽井沢だろうが暑いものは暑い時期だ。
湿度が違うからこの蒸し暑さの程度に幾らか差はあるだろうけど、そんなもの微々たるものだ。
まあそんなに恨みたいなら人の溢れかえる東京に生まれた自分を恨めってか。

「…よし」

部屋の中から音は聞こえない。
皆しっかり寝てるみたいだ。
よかったー、起こすようなことにならなくて。
よし、ショートカットしちゃえ。
眠いし。
早く寝たいし。
だって今三時だよ?眠いよ。
花宮と健ちゃんの間を通って行けば早いもんね、と、つま先で布団に踏み入った時のことだ。

「っ!?」

さっき私は、八月や東京を恨むようなことを考えていたけれど、いや、どうやら恨むべきものは、やはり私のようだ。
今は、軽々しくズルをした私を恨みたい。
まさかこんなところで転ぶだなんて、まぁ思ってもみなかったよね。
何につまづいたって?
ああ、健ちゃんの足だよ。
だってでかいから、健ちゃん。
運良く起きなかったみたいだけど、一応朝になったら謝っておこう。
いや、でも…うん。
今はまず、花宮に謝るべきかなぁ。

「…ってーな」

顔怖いよ花宮さん。

「ごめんなさい」
「素直でよろしい、許さねーけど」
「ひどい」
「ひどいのはお前だ」

ヒソヒソ声ながらに怒られる私。
他の四人は寝てるっぽいからいいけど。
うん、まあね、うん…寝てるとこにダイブしたんだから怒られて当然なんだけどさ。

「ただでさえ寝れねえのに、目ぇ覚めた」
「え、まだ寝てなかったの」
「まーな」

の割りに、声掠れてるなぁ…
いつもより低めだし。
寝る前に散々騒いでたからか、なんか、うっすら汗かいてるし。
髪散らばって首出てるし。
口半開きだし。
首筋が絶妙だし。

「なんだよ、ジロジロ見んな。つーか早くそこどけ」

あっ、やべ、どうしよう。
なんか…うん、なんて言うんだろう。

「…おい」

いつも下から見てるからつり目っぽく見えてたけど、上からだと案外たれ目っぽいんだなぁとか。
てか睫毛長すぎだろとか。
やっぱこの人結構鼻高いなーとか。

「花宮」
「あ?」

いつも見ている花宮は眉しかめてるかぼうっとしてるかで、目つき悪くて、すぐ怒ってきて…
でも今は違って。
こうして見下ろしてると、なんなんだか。

「…エロい」

この言い方もどうかと思うけど、まさにこの言葉が適切でね。
ぽかーんとしている花宮。
いや、そりゃそうか。
いきなりエロいとか言ったらそりゃあ面食らうわ。
当たり前のことだ。
何を言ってるんだ私は。
というかいくら適切だからといって、もっと他に言い方は無かったのか っていう。
いや分かってる。
私が言いたいことは、こんなふざけたことなんかじゃなくって、もっと他にあるってことも。

「は?」
「ごめん、いや、うん…なんか…」
「…なんだよ」

恥ずかしい。ヤバイ。
今更感満載だけど、何してんだろ私。
すっごい恥ずかしくなってきた。
いやでも、ここまで来て言うのやめるのもなんだし…けど言っていいのかなっていう。

「その…」
「……」

ああ、もう。
なるようになっちまえ。

「…か、かっこよくて…」

一体私の頭はどうしてしまったのか。



午前三時も回る頃。
未だ眠れずにいると、何やら布団から誰かが抜け出る音が聞こえた。
俺の枕元からのようだから、どうやら音の主はなまえらしい。
全員の寝ている場所を大きく回って廊下に出たその背格好は、明らかに俺たちの中で一番小さなものだった。
またしばらくすると静かに襖が開き、なまえが帰ってきた。
結構眠いのか若干すり足気味で歩いている。
すると出て行く時とは違って、俺と健太郎の方へ向かってくる。
ああ、近道しやがったこいつ。
なんて考えていられたのも、ほんの束の間。

「…ってーな」

勢いよく倒れこんできたなまえ。
言うほど痛いわけではないが俺がそう言うと、直ぐに謝ってくる。
というか、まるで組み敷かれているかのような体制じゃないか、これは。
なまえくらいなら除ける気になれば自力でも除けられるのだが、まあ、なんだか彼女の反応が面白いので敢えて放っておくことにした。
それにしても、この状況も面白いもんだな。
いつもは見下ろしてるなまえが見上げる位置にいるだなんて、新鮮だ。
顔に垂れてきた髪の毛はなんだかふわりといい香りで、なんて、いや、これじゃあまるで言っていることが変態みたいだ。
なんだかジロジロと見てくるものだから、一言見るなと言えば、何やら様子がおかしい。

「花宮」
「あ?」
「…エロい」

何を言ってんだコイツは。

「は?」
「ごめん、いや、うん…なんか…」

エロいって、それ男に向かって言うか?
思わず聞き返せば、何やら言葉に詰まり始めた。
まさかとは思うがこいつは照れているのか。
最近、やけになまえが可愛らしく思えてくることがあるのだが、これは俺がおかしくなったのか、それともなまえが可愛らしく変化してきているのか、どちらなのか。

「…なんだよ」

わざとらしく聞き返してやれば、目を伏せて、一度俺の胸の位置に顔を埋めるなまえ。
とんとん と肩を叩くと、上目遣いのなまえと目線が合う。
薄暗い中でも分かる程頬を紅く染めて、且つ、随分と瞳が潤んでいる。
…ああ、そうだな。
そういうところが可愛らしくって仕方が無いんだよ。
本人どころか、こんなこと、口に出して周りの奴らに言ったことすら無いけれど。

「その…」

俺は待った。
こんなに言葉の間が長く感じられることも、中々無い。
早く続きが聞きたい。
そうしてなまえの唇が、微かに動く。

「…か、かっこよくて…」

そう言ったかと思うと、また俺の胸で顔を隠してしまったなまえ。
ああ、ダメだ。

「っ花宮…?」

最早親友のような部活仲間達と、彼女を好きな彼らへの無意識下に働く遠慮と謙遜。
無意味なものだと分かっていながらも、俺は、奴らの背中を押すフリをしているばかりで。
奴らにとっての、良い友人を演じようと。
必ずしも上手くはいかなかったけれど。
しかし、ここで彼女を抱き締めてしまったなら?
俺はもうおそらく、今までのように堪え続ける日々を送ることは。

「……悪い」

堪え続けることは、叶わないのだろう。



うごきだすぅ。
(ちひろ様リクエスト込み)
20140213



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