お泊まりハプニング



「おじゃましまーす」

みょうじ宅は、思っていたよりもずっと大きなものだった。

「え、なまえ、お嬢様?」
「ばっかじゃないの一哉」

一哉はこう言うが、いや、この感想も仕方が無いようにも思える。
元祖日本家屋と言った感じの家。
竹の引戸を開け石畳の玄関をあがると、広めのホールスペースに置かれた階段と、そこから伸びる細い廊下。
進むと手前に台所、居間と来て、その他水周り。
その少し奥には縁側に囲まれた中庭があり、そこはまるでちょっとした日本庭園だ。

「え、なに、マジでなんなの」
「なにが?」
「思ってたより普通じゃなかったんだけど」
「え?」
「…まあそうだよな、お前ら初めて来るもんな、普通はビビるわ」
「そーいや俺ら、瀬戸の家も行ったことなかったよな」
「あっ、ここー」

通された部屋は、三つほど連なった和室。
なるほど、これなら余裕で俺たちを泊められるわけだ。
以前俺の家にこいつらを泊めたこともあるが、これならばなまえの家の方が窮屈でなかったのではないだろうか。

「えーなまえ、着物とか着ないの?」
「アホじゃないの、なんでお茶やるわけでもないのに着なきゃいけないのさ」
「お茶?やんの?」
「おばあちゃんがね。お茶とかお華とかお琴やってるけど」
「どんだけだよ。お前は?」
「やるわけないじゃん」
「だろうな」
「俺、なまえが家じゃそんなお淑やかな趣味持ってたりしたらショックだわ」
「ショックって。いや、うん、小さい頃は良い遊び道具になってたよね」
「一回茶碗割って怒られてたよな」
「よく覚えてるね健ちゃん…」

なまえの部屋は と聞くと、どうやら二階にあるらしかった。
それからしばらくその部屋で談笑しつつ、夕方、家の人が帰ってきたところで、一旦挨拶をしに行った。

「おばあちゃん、この人達が、私がいつも部活でお世話になっている人です。健太郎君もいるので、今日は日頃の感謝の気持ちを込めて泊まっていただくことになりました」

ここで驚いたのは、なまえが別人のように敬語を使い始めたということだった。
いつも健ちゃん健ちゃんと煩いというのに、まさか健太郎君なんて呼び方に変わるなんて、よっぽどだと思う。
健太郎は慣れているのか平然としていたが…ということは、なまえは家じゃいつもこんな感じなのだろうか?
それを見た一哉がこっそりと、やっぱりお嬢様なんじゃないのか なんて言ってきていたが、その線も濃厚な気がする。
なまえの祖母は随分と背の低い人で、しっかりとした着物を身に纏い、一つに結われた髪の毛は真っ白だった。
しかし雰囲気は穏やかで、にこにこと微笑んでいた。

「はい、わかりましたよ、それじゃあ奥の部屋を使いなさい」
「どうもありがとう」
「これから夕餉の支度をするのかい?」
「はい」
「おばあちゃんも手伝おうかね」
「それじゃあ、お願いします」

もう一度奥の部屋に通されると、なまえはヒソヒソ声でご飯作ってくるからごめんけど待機!なんて言い残して去って行った。
ああ、さっきの態度はやはり家の人に対する演技なのか。
いつものなまえからは想像もつかない。
そこで、ずっとウズウズしていた一哉が痺れを切らして健太郎に詰め寄った。

「…え、瀬戸はアレ見慣れてんの?」
「ばあちゃんがいる時はあんなんだよ」
「実はばあちゃん怖い人とか厳しい人とか?なんなのなまえのあの態度、気味悪いぜ」
「いや、ばあちゃんは優しい人だよ、むしろ孫には甘いし。じいちゃんもね」
「え、じゃあなんで」
「尊敬してるからじゃないの」
「はっ?」
「ほら、あいつ親いないだろ?家庭のことだし、勝手にペラペラ何でもは喋れないけど…まあ、あいつなりに大事にしてるっていうか、感謝の形というか、尊敬というか…難しいな」

健太郎の言葉に、その場は一瞬沈黙に包まれる。
なるほど。そういえばなまえの親の話や家での話を聞いたことなんて無かったな。
あえて聞くような話でもないし、そんなところまで踏み込んでいい関係だとも思っていないが。
なんて考えていると、康次郎が突然、左手で口元を覆ってしゃがみ込んだ。

「おい、どうしたんだよ古は「ギャップ」
「はぁ?」
「ギャップが…くっ」
「くっ じゃねえよバァカ」
「う」

どうやら学校では決して見ることの出来ないなまえのギャップにやられた、ということらしかった。
アホか。
まあ、確かに、新鮮ではあったが。
お淑やかなあいつとか、まあ中々…なんて、俺が言うわけねえだろ。
康次郎ならともかく。
しかしこれから、初めての家での手料理だろ?
今晩これ康次郎死ぬんじゃねーのか。
半ば呆れつつそのまま談笑していると小一時間程度で、なまえが部屋に戻ってきた。
食事を運ぶのを手伝えとのことだったので、五人揃って、一先ず和室を後にした。



今日の夕食はちょっとだけ張り切った。
皆が来る前に下拵えはしておいたので、なんとか一時間もかからない位で作り終えることが出来たし。
献立は肉じゃがと豚の角煮に串カツと、男子高校生向けにお肉を多めにしておいて。
あとはヘルシー部門でキュウリの酢の物、海藻のお味噌汁と、おばあちゃんの漬けたたくあん。
そして白米。
我ながら完璧だと思った。
よく食べるのが男子高校生だと思って作りすぎた感じもするけれど、うん。
まあ、花宮と古橋は特によく食べるわけで。
結果的に何も問題は無かった。
合宿の時なんかは作らないようなメニューもあるわけで、皆美味い美味いと食べてくれたので、嬉しかった。

「ごちそうさまでした」
「やっぱり飯は美味いんだよねー、なまえ」
「それ以外はちょっとアレだけどな」

ちょっとアレってなんだ、アレって。
あとで花宮ビンタする。
まあ、一応褒められている部分もあるから、今は手を引っ込めてなまえ、頑張ってなまえ!
なんてバカなことを考えていても時間は過ぎていくわけで、時刻は19時を回っていた。
ああ、おじいちゃんとおばあちゃんはそろそろ寝る準備をし始めるだろうし、お風呂に入っちゃわないとな。

「お風呂、お湯入りたい人いる?」
「シャワーでいいんじゃね」
「だな」
「てか俺入ってきたから汗流すだけでいいわー、ザキもっしょ?一緒に入る?」
「はぁ!?いや、入んねーよ!」

なんだよ一哉、ホモなの?
なんて冗談はさて置き。

「いやいいよ、めんどいから一緒に入ってくれば、お風呂広いよ。二人くらいなら余裕だから、もう二人一組で入りなよ」

まあ確かに二人分くらいの時間が短縮されれば、早く終わって、おじいちゃんとおばあちゃんに迷惑がかかることも無いだろうし。
いい案だと思う。
幸運にも、我が家のお風呂は狭くないし、ちょうどよかった。

「なまえは誰と入んの」
「…いや、バカじゃないの一哉」
「俺ら、二人一組にしたら余るよ」
「余りは一人で入れば。まぁあえて言うなら健ちゃんって即答するけどね」
「いや、されても俺が困るんだけど」
「もしくは花宮」
「は?」
「安全そう」
「ああ〜性欲ほとんどねーもんな花宮」
「死ね!あるわ」

いや、そのカミングアウトいらないから。
ザキも余計なこと言い過ぎ。

「まあいいや、じゃあ私最後に入るから、先に入っておいでよ」
「なまえ、先に入ったらどうだ」
「…それはいいかな」
「? どうして」
「いや康次郎バカか、バカなのか」
「女の子の入った後の風呂とか、ちょっとヒワイじゃん」
「一哉、お前もバカだろ」

まあ、うん。
一哉の言うことで間違いではない。
別にいいんだけど、なんか、うん。
やっぱり、無いとは思うけど、何かが無いとも言い切れないし、精神衛生上よろしくないかなって。
いや、無いとは思うよ?思うけども。
何せ私だし。
まあ女の風呂は長いっていうし、あとに迷惑かけないためにもね。
結局、一哉とザキ、康次郎と花宮、健ちゃんと入ることに決まったらしい。
待ってる間は、そうだなぁ…トランプでもしてようか。


つづいてしまった
20140212



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