「康次郎!」

花宮の叫び声に、康次郎がはっとした。
横目に彼のいる方を見れば、彼の足元に、随分と青白い顔をした女の子が両膝を抱えて座りこんでいたのだ。
つい、反射的に目を逸らしてしまった。
廃病院なんかに肝試しにきてしまったのが、運のツキだった。
やっぱりやめておけばよかった、と後悔しても遅い。
正直なところ、もう、めちゃくちゃ怖い。
気を使ってくれた康次郎の手を握り返そうとした途端、なんだかよく分からないけど突然転んで、そんでいつの間に出来たのか分からないような傷に苦しめられて。
散々だ。
怖くて患部は見られて無いけど、多分、結構血が出ているんだと思う。
花宮がハンカチで止血してくれたけれど、舌打ちをしていたから。

っていうか今思い出したけど、私ってば何気に花宮に抱きついちゃってるよ。
しかも背中までさすられちゃって、なにこの状況?
いや怖いよ。怖いんだけども。
確かにこうしてると落ち着くけども。
いくらいつも健ちゃんにはしてるようなことでも、花宮にするとなると、若干恥ずかしいというか何というか。
ヤバイ、意識し出したらヤバイ。
怖いけど恥ずかしい。
足もなんかめっちゃ痛いけど恥ずかしい。

「おい、逃げるぞ!!」

そしてまた花宮が大きな声を出したかと思うと、今度は身体を持ち上げられて、次の瞬間には揺れ、揺れ、揺れ。
あっ、私花宮に抱っこされてる…
まじでか。えっうそ?
女一人抱っこして走るとかどんだけ、ねえ花宮、どんだけ?
なんであんたそんなイケメン度ばっかり高いの。

髪の毛越しに後ろを見ると、ザキを半ば引っ張っている原と、引き摺られ気味のザキ、そして後ろに古橋と健ちゃんが着いてきていた。
よくよく見ると、健ちゃんの後ろからは、誰も乗っていないはずの車椅子が追いかけて来ていたし。
危ない健ちゃん早く走って。
なんて思っているうちに花宮達は階段を登り始めていて、もう、私は掴まっていることしか出来なくなるわけで。
気が付けば、外の明かりの差し込む一階。
受付や待合室のある玄関ホール。
ああ、出られるんだ。
そう思ったが、一つ問題があった。

「っ花宮!違う、ここ開いてない!入ったの裏!!」

そう言ったが、いいや、彼の頭の中に私が着いていけている筈もなかった。
彼の中では全て計算済みで。
玄関扉は、彼の脚によって押し開けられたのだった。
外へ出ると後ろを走っていた四人も続いて出て来て、そのまま、元来た道を走ったらしい。
しばらくすると、見覚えのあるコンビニやらが見えてきて、安堵する。

「っ全員、いるか!」

傍の公園に入ると、花宮が言う。
私は一旦ベンチに降ろされて、その隣に花宮がどっかりと腰をかけた。
だいぶ息が切れている。
…いや、うん、当たり前だよねごめんなさい。

「うぃー、俺はいるよん。もち、ザキも」
「っ…」
「俺もいる」
「ん、俺もな」

全員の姿を確認すると、花宮は一つ頷いて、深呼吸をした。

「花宮、あの、ごめん…ありがとう」
「謝る必要ねーだろ」
「でも…」
「なまえ、脚大丈夫か?」
「えっ、うん…かなり痛いけど、我慢出来ない程じゃないよ、って、いったぁぁ!」
「まだ血出てんだから痛いだろ」
「な、なにすんのさ健ちゃん!」
「脚触っただけだよ。ほらね、全然大丈夫じゃない」

そう言った健ちゃんにデコピンをされる。
こっちも痛い。
こりゃ帰りは俺持って帰らなきゃなー、なんて言ってるけど、そうだよね、さっきも花宮じゃなくて健ちゃんだったら結構余裕だったかもね。
花宮も、あと…私も?
過ぎたことだけれど、そんなことを考えてしまう。
するとそこで、唐突に康次郎が口を開いた。

「ちょっと、そこのセブン行ってくる」
「へっ?」
「ガーゼと包帯と消毒を買ってくる」

それだけ言って、康次郎は歩いて行ってしまった。
一哉も、未だ落ち着かないザキを連れて、こいつの気分転換に俺らも行ってくるわー なんて言って、着いていってしまった。
まじか。

「三人とも行っちゃった」
「だな」

それからしばらく、沈黙。
すると健ちゃんが思い出したかのように、ジュース買ってこいって言うの忘れたとか何とか言って、行ってしまった。
健ちゃん健ちゃん、携帯電話って知ってる?
なんて言う間も与えられず。
私は見事、花宮と共に残されてしまったのだった。
迷惑をかけてしまったのと自ら抱き付いてしまった羞恥心とで、なんだかマトモに顔を見ることが出来ない。
どうしよう。
いつも私、花宮と何喋ってたっけ?

「…おい」

なんて、私の考えていることは全部ばれているのだろうか。
私を呼んだ花宮は、一言だけ呟いた。

「もう二度と肝試しは来ねえ」

そりゃあそうか。
私も一言。

「そうだね」

散々な目にあった肝試しは、もう二度としたいとは思わないけれど、きっと、有る意味では思い出として深く深く心の中に残るに違いない。
そう思った、七月の終わり。



これにておしまい。
廃墟に忍び込むのは犯罪です、侵入する際は管理者に許可を得てからにしましょう。
20140211



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