※注意!似非ホラー表現アリ。苦手な方はバック推奨。



廃病院に侵入すること、およそ三十分。

「へえ、休憩室なんかはそのまま残ってんだね」
「本当だな」
「うげー…テレビ割れてる」
「ブラウン管とか懐かしいな」
「液晶テレビ世代にはわかんねー感動だよな、これ」
「昭和生まれのオッサンが白黒テレビの衝撃について語ってるみたいだよ、花宮」
「いや、うるせーよ」

裏手の窓から侵入したため、その周辺の診察室やレントゲン室を回ったのち、建物の入口側を探索していた。
受付、ナースステーション、待合室、休憩スペース等が羅列するわりかし広い空間。
休憩スペースには何者かに割られた大きなブラウン管テレビや、古びた雑誌の残ったラック、血圧計なんかが置いてある。
そしてその隣には、シャッターこそ閉まってはいるが、こじんまりとした売店のようなスペースも見られる。
そこから奥へ進むと、もうひとつ先ほど見たよりも大きな診察室があった。
その各箇所で写真を撮ってはいるのだが、一向に心霊写真が撮れる気配は無い。
いずれの場所も、歩いているとジャリジャリと砂や埃の音が鳴る程汚れており、廃院してからの年月を感じさせるには充分であった。

「点滴室と、病室ばっかりか…二階は何もねーな」

途中見つけた階段から二階へ上がると、予想していたよりもずっとつまらないものだった。
一応写真は撮って歩いているが、心霊写真が撮れる気配はやはり一向に無いし、ポルターガイスト現象が起こるような兆しも無い。
山崎も慣れてきたのか、入ってきた時よりはいくらか余裕の色がうかがえるし、これはどんどん萎えて行くパターンだろうか?
まあ、なまえはまだビクビクとしているのだが。
可愛い。チワワみたいだ。
いや、チワワは嫌いだけど、今のはなまえがチワワなら飼ってもいいと思えるくらいだという比喩だ。
ああ可愛い。和む。
一行が諦めかけて一階に戻ると、未だ行っていない場所があることを思い出した。

「あ」
「なんだよ、康次郎」
「いや…この病院、確か地下があったと思うんだが」
「地下?」
「ああ」
「へー、地下とかおもしろそーじゃん、行ってみようぜ」
「はぁっ!?」
「何さザキ、こえーの?なら、ここで一人で待つー?」
「こ、こわくねぇ!」
「じゃっ、その地下とやらに行ってみよー」

原も張り切っているし、山崎も挑発には弱いし、花宮と瀬戸は気にも留めていないので、地下へ行くことになった。
大抵二つは階段があるものだが、ああ、あったあった、あそこだな。
受付を過ぎて奥に進むと、どうやら地下へ続いているらしい階段を見つけた。

「ここだな」
「さすがに暗いね」
「おい原、あんま先に行くなよ、あぶねえ」
「だーいじょうぶだって」

外の明かりが差し込まない分、地下はより暗く、三つの懐中電灯は勿論、原や山崎はスマホアプリを起動させていた。
なまえはといえば、依然、俺の服の裾を掴んだまま。

「なまえ、手」
「え?」
「怖いんだろう、無理はするな」
「…うん」

そう言って、手を差し出した瞬間のことだった。

「うわっ」

突然、なまえがその場で転んだのだ。
手術室も目前にしたところだった。

「ちょ、何やってんのなまえ」
「別に何もねーってのに、お前よく転ぶな」
「ユーレイの仕業だったりしてー」
「な、ばばばバカ言ってんじゃねーよ原!」
「なにビビってんのザキー」
「だぁからビビってねーって!」
「えー」
「なまえ、立てるか?」

立ち上がる気配の無いなまえを覗き込むようにして尋ねると、何やら様子がおかしい。
片膝を抱えて、うう と唸っているのだ。
疑問に思いよくよく見てみると、なまえの抱えている方の脚の、ちょうどスネのあたりが、 ぱっくりと切れていた。

「っおい、それ…」
「な、なんだよ、こんな、怪我するようなもん落ちて…」
「、貸せ!」

突然のことに全員が焦りを隠せないでいると、花宮が駆け寄ってきて、なまえの脚にハンカチを巻きつけて止血を試みた。
が、相当な出血をしているようで、ハンカチはみるみるうちに赤く染まっていく。
まあ無いよりマシだろ と花宮が呟く。
俺はあたりに何か問題があったのか立ち上がって確認してみたが、メスやらの危険物が落ちているわけでもなければ、他に怪我をしそうな箇所が見当たるわけでもない。
これは謎の怪我だった。

――カシャーン……

「! なんだ今の」
「あっちから、聞こえたよな…」

瀬戸の指差す方向には、手術室。
この何かの金属の落ちるような音には、流石に皆、驚きを隠せていないように見える。
俺も驚いて、思わず手に持っていた懐中電灯を落としてしまった。
なまえも、側で屈んでいた花宮の首に抱きついている。
おそらく、泣いているのだろう。
肩が震えている。
そんななまえの背中をさすってやっている花宮は、やはり男前だと改めて思った。
流石に俺も、こんな状況になってまで羨ましいとは思わない。
とりあえずこの状況を変えて、なまえは勿論全員の安心出来る状況にしなくては、と思った。
とにもかくにも、落とした懐中電灯を拾おうと、屈んだ時のことだった。

「、っうわ…」
「!」

山崎の声で気が付いた。
足元で俺を覗き込む、青白い顔をした子供の姿に。
ほんの一瞬のことだというのに、随分と長く感じられた。
その子供は、何とも言えぬ静かな怒りを込めたような、硬い無表情で俺をじっ と見ていた。
ああ、そうか。
なまえを転ばせたのは、おそらくこの子供なのだろう。
それは許し難いことではあるが、この表情を見ていると、何だか悲しい気持ちになるというか、上手く表すことは出来ないが、なにか、同情のような念が込み上げてくる。
俺は、そうしてしばらく、ぼうっとしていたのだろう。

「っおい、康次郎!」

花宮の声ではっとする。
すぐさま懐中電灯を拾うと同時に、手術室よりも奥からカラカラと言う音が聞こえてくる。
反射的にそちらを照らすと、なぜだか、誰も乗っていない車椅子が、こちらに向かって移動してきているのが見えた。
気が付くと子供の姿は無くなっている。
どんどん近づいてくる車椅子に、皆口をあんぐりと開け、反応出来ずにいた。
そしてこんな時、一番に反応するのが彼であって。

「おい、逃げるぞ!!」

さぞ当たり前であるかのように、首に抱きつくなまえを抱えると、元来た道を走り出す花宮。
ショックで反応が遅れた山崎を、原が叩いて引き連れて行く。
そこに俺と、最後尾に瀬戸が続いていく。
後ろの車椅子の車輪の音は、止まない。
ああ、これだから、花宮は頼りになって、格好いいから嫌なんだ。


つぎでさいご
20140211



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