「ザーキーくーん」
「あーそーぼ」

七月の二十九日。
午後九時五十分頃。
なまえと瀬戸と、山崎家前に到着。

「お前らは知らないかもしれないけど、ここ山崎家。全員ザキさんだから」
「あ、そっか」
「じゃあ弘くんだな」
「ザキって弘だったっけ?名前呼ばないから忘れてた。ひーろーしくん」
「あーそーぼ」

なまえによる提案で、インターホンを押したらお決まりのセリフを言うことになったので、俺はあそぼ の担当をした。
すると間も無くして玄関の扉が開き、中から山崎が出てきた。

「よう」
「おう…っていや、お前らなぁ!先に母さん出ちまって、今のやり取り全部見られてたぞ?」
「えっうそ」
「マジだよ…爆笑された」
「はっず」
「恥ずかしいのはなまえだけだぞ、俺はあそぼ としか言ってないからな」
「俺からしたらなまえも古橋も恥ずかしいけど」
「ひっどー」
「まぁいいわ、あがれよ」
「うぃー、おじゃましまぁす」
「お邪魔します」

居間にいる山崎の家族に一言挨拶をしてから二階の部屋へ向かうと、そこには既に原がいた。
いつから来ていたのかと尋ねると、八時前だと言っていた。
流石に早すぎだろうと言えば、当たり前のようにヒマだったんだからと返ってくるが、こいつは基本的にマイペースすぎると思う。
いや、その点では俺も人のことは言えないだろうけれど、時間は守る方だとは思っている。

「あと花宮だけか、あいつ多分遅れるよなー」
「だるそうだったし余計にな」
「10時んなったら外出よっか?」
「そうだな」

そして10時を回ったところで外に出ると、見事なタイミングで、山崎の携帯が鳴った。
花宮からの着信だ。
もうすぐ着くとのことだったのでしばらくその場で待機していると、二、三分して、花宮が歩いてやってきた。

「思ったより早かったな花宮、もっと遅れると思ってたぜ」
「うるせーよ」
「それでも五分オーバーか」
「五分前行動だよ花宮」
「いいだろ来たんだから。ほら、行くぞ」
「おー」

廃病院に向かう途中、なまえの提案でコンビニに寄ることに。
言われてみれば懐中電灯とか、何一つ装備してこなかったな。
全員スマホの懐中電灯アプリで十分だとも言っていたが、バッテリーが切れてはいけないし、念のため持っておくに越したことは無いだろう。
花宮となまえがファミマがいいと騒ぐので、すぐ近くのファミマに決定した。
原は最後までセブンイレブンがいいとごねていたが、まあ、俺に言わせればそんなのどこだって一緒だと思う。
安っぽい懐中電灯を三つと、非常食と称されたイチゴのガムとアポロチョコの会計を済ませると、それを誰が持つかと言う問題が発生する。

「まあ一つは花宮だろ?」
「そーだね、はい」
「おう」
「あとはー…古橋?落としたりしねーだろうし」
「ああ」

手渡されたところで、残りはあと一つ。
原は俺はガム持つわ なんて言っているが、それは単に自分が食いたいだけのようにも見える。
なまえも乗っかってアポロチョコを持つと言い出したので、懐中電灯の持ち主は自然と、山崎と瀬戸に絞られた。

「まあ、健太郎だよな」
「賛成」
「はっ!?え、俺は!?」
「別に怖くないんだろ、ってのは冗談だが、お前はここぞという時に落としそうだからダメだ」
「なんだよそれ…」

こうして、懐中電灯を持つのは俺と花宮と瀬戸に決まった。
原は本気で面白半分らしいので余裕そうに見えるが、なまえと山崎は案の定怖がっているように見えた。
かわいそうだ。
やはり懐中電灯はこの二人に渡してやればいいのではないかと思ったのだが、まあ、なんというか。
少女漫画にありそうな展開を望めるかもしれないという俺の下心が、その言葉を飲み込ませた。
すまないなまえ、期待している。
そこからおよそ20分程歩いて線路向かいへ行けば、目的の廃病院。
テレビで特集されたことなんかもあるみたいだが、実のところ詳細はよく知らない。
入り口の鍵が開いているはずもないので、裏手に回って窓から侵入すると、思っていたよりもずっと外の光が入り込んでいて明るかった。
危ないので一応懐中電灯は点けたが、特に灯りが無くても、今のところは問題なさそうだ。
とりあえず、入ったところで写真を一枚。
場に響いたスマホのカメラのピロリン という間抜けな音に、全員が振り返った。

「さすが康次郎、こんな場所でも呑気だね…おかげでそんなに怖くはないけど」
「緊張感ねーな」

これは俺が悪いのだろうか。
首を傾げてみせれば原が一言、一々あざといよな古橋 なんて言ってきたが、言っている意味がよく分からない。
分からないので謝っておくと、山崎にどつかれた。痛い。

「まあ別に悪いっつってるワケじゃねーから、お前がやりたいようにやれよ」

痛む脇腹をさすっていると、花宮が軽く笑いながら言った。
ならばお言葉に甘えるとしよう。
そうしてもう一枚、ピロリン。
今さっき入ってきた窓の写真を撮ると、次の瞬間、服の左脇を引っ張られるような感覚。
ほんの一瞬、幽霊キタか なんてわくわくしてしまったのだが、残念。
いや、残念じゃない。全然。
左を見れば、俺の服の裾を掴んだなまえがいた。
内心舞い上がっていたがそこは冷静を装い、どうしたんだ なんて尋ねると、なまえは周りの面々を見たのちに俺を見て、こう言った。

「康次郎なら、幽霊が来て盾にしても、私を置いて逃げるどころかむしろ喜んで握手とかしそうだから」

どう言った理屈だと言いたいが、この際どうでもいい。
きた。なまえきた。
やっぱり怖がっていたのか、なんて、強がっていたあたりに可愛らしさを感じる。
ああ、こういう時、原のような性格をしていたら、可愛いなの一言でも簡単に言えたのだろうか。
それにしても懐中電灯持ってて良かった。
なんて、若干ながら感動していると、何かが伝わってしまったのだろうか。
またも山崎にどつかれた。痛い。
しかし今の俺はそれを気にするほどやわではない。

「まあなんでもいいけど、ほら、さっさと行くぞ」

花宮の一言もあり、そうして俺たちは、夜の廃病院の奥へと進み始めるのだった。
軽く握られた服の裾。
どうにも嬉しさを隠せないまま、俺はまた一枚、写真を撮って進んだ。



まだつづく
20140210



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