霧崎第一高校体育祭



夏の終わり。
霧崎第一高等学校体育祭。
これから秋冬にかけて行事尽くしになってくるのだが、その先駆けにまずこの体育祭が行われる。
文化祭に比べればさほど大きな行事ではないが、スポーツにも力を入れている霧崎第一にとっては、まあ重要ともいえる行事であった。
何より行事と言えば計算コンクールのようなものばかりなもので、そろそろ生徒たちも体を動かしてはっちゃけたい頃合いだろう。

「あっ花宮おつかれ〜」
「ああ」
「ぶっちぎりの二位だったねぇ」
「うるせーよ、陸上部もサッカー部も抜いたんだからいいだろ」
「あと一哉だけだったのにね、おしい」
「…あいつはマジで速えから」
「徒競走選ばれるだけ、花宮だって十分速いんじゃないの。クラス一位で選ばれたんでしょ?」
「まあな」
「ってことは一哉はほぼ学年一位なんだね、短距離」
「そうだな。つーかお前、次の障害物競走出んじゃなかったのかよ」
「あ、そうだった」
「さっさと行ってこいよ、集合かかんだろ」
「はぁーい」

既に瀬戸は玉入れで活躍し、原と花宮は徒競走に出場した。
そして山崎は男子の部の障害物競走に、ラストの方で古橋がリレーに出るので、これから行われる女子の部の障害物競走が終われば、あとは応援に回るのみであった。
障害物競走は、バスケドリブル→縄跳び→網くぐり→跳び箱→平均台→借り人→ボールパス→手をつないでゴールの順で進む競技であり、運動がさほど得意ではなくとも出来るものとなっている。
というか、運動が得意な者はもっと違う競技を担当することが多いので、自然と不得意な者が集まるという話なのだが。
若干子供向けな気さえするが、見ている方もそれなりに楽しい競技だ。
なまえが集合場所へ行くと華奢で可愛らしい子、小さくて丸い子、背丈ばかりある鈍重そうな子と、なんだか運動の苦手そうな面々が揃いに揃っていた。
この瞬間、なまえは勝利を確信したという。
体育の成績が4または5と、上の下程度のなまえに死角は無かった。
また、なまえにが位置に着いた時点での並びを見たクラスメイトや男バスの面々も、彼女の勝利を疑ってなどいなかった。

「位置に着いて、よーい、どんっ」

やる気の無い行事係の声と共にピストルの音が鳴り、階段状に並んでいた8名が走り出す。
7組選手のなまえは7コース。
まずはバスケットボールをドリブルしながら走り、カードをめくり指定の回数だけ縄跳びを飛び、網をくぐり抜けたら、高さの異なる4つの跳び箱を選んで飛ぶ。
そして平均台を渡るところまでは、確実にトップ。
ペースは最高に順調と言えた。

「なあマコトさん」
「なんですかコージローさん」
「もしかしてなまえの奴、何も男子バスケのマネージャーでなくとも、普通に女子バスケ部でも良かったんじゃないのか?」
「なんで」
「あれ見てて思った」
「あー、まあそうだな…」
「だろ?」
「でもアイツ根性ねえし」
「ああ…」
「女バスは真面目だし、ラフプレーばっか見慣れてるアイツが馴染める筈がねえ」
「それもそうだな」
「お前らなまえのこと何だと思ってんの?いや、女バス入るとか言ったらそりゃ俺だって止めるけど」

ギャラリーに好き勝手言われていることを、当の本人はまるで知らない。
と、ここで、とある問題が発生する。

「…なんでアイツ、固まってんだ?」
「次は借り人の筈だが…難しいカードを引いたんじゃないのか」
「好きな人とか?」
「ふはっ!連れていけねえだろ、それ」
「ん、仮に好きな人なら、なまえの場合は瀬戸のところに来るんじゃないか?」
「だろうな。じゃあ来ねえってことは何引いたんだ、アイツは」

借り人のカードを引いたなまえが、一向に動く気配が無いのだ。
トップだったにも関わらず、一人、二人と後から来た者が次々にカードに従って、人を探しに走り出す。

『おおっとトップを突っ切っていた7組のみょうじさんが動かない!?一体どうしたんだーっ!』

やたらとハイテンションな放送委員もツッコミをいれている。
それでハッとしたなまえは、途端に辺りを見回して焦り始めたかと思うと、7、8組の生徒のテントに向かって走っていく。
彼女が目掛けて走ったのは…

「花宮、来て」
「何が出たんだよ?」
「いいから来て」
「…チッ」

花宮真のところであった。
仕方なしに着いて行けば、後ろで瀬戸と古橋ががんばれ なんて適当な応援をかましている。
舌打ちをするくらいにして、彼女に手を引かれるまま走る花宮。
借り人のカードは、既に彼女のポケットの中。
ゴール前、バスケットボールをパスし合いながら走り、花宮は尋ねる。

「で、何が出たんだよ」
「教えない」
「はあ?ざけんな」
「いーやーでーすー」
「部活中お前だけ休憩無しにすんぞバァカ」
「はっ!?いやそれは」
「まあいい後で見せろ、それ」
「えええええ…」
「ほら終わり。行くぞ」
「え?あ、うん」

およそボールが4往復したところで、バスケットボールを置き、差し出された手を握ってゴールまで走る。
結局遅れは取り戻せず順位は3着だったが、まあマシな結果に落ち着いたので一安心だ。
順位の書かれたカードを受け取り、係の者に借り人のカードを確認させるところなのだが、なまえの差し出したカードを花宮が奪って一見。
特に反応することもなく、係の者へ返した。
そして本部テントの集計係に順位カードを渡して、元のテントへ歩いて戻るのだが、グラウンドの外周を歩いて反対側まで行かねばならず、結構しんどいものである。
と、やはりそこで気にするべき点は決まっていて。

「おい」

花宮の呼びかけに、なまえの肩が跳ねる。

「なんでそっち向いてんだ」
「…え、いや、なんでもないけど」
「じゃあこっち向「いやだ」

顔を背けるなまえだが、高い位置で括った髪の毛のせいで露出した耳は、なぜか真っ赤で。
無理に肩を引いて顔を見れば、案の定耳と同じに赤くなっており、目が泳いでいた。

「…『恋人』って」

歩いていた足が止まる。

「だ、だって!私そんなのいないし…でも、誰か連れて行かなきゃゴール出来ないから…」

だからってなんで俺だ と尋ねる花宮に、なまえは必死で弁解する。
好きな人くらいなら代役は瀬戸にしたが、けれど恋人ともなると、それもまた違うだろうと。
だからと言って古橋は個人的な問題があるし、山崎は手を繋いでゴールというのが何だか難しそうだし、原はあとあとからかってきそうだし、という理由だそうだ。
いっそネタとして女友達を連れて行くという手もあったが、そういう者だと噂されても困るので、花宮に絞られたと。
言い訳にしか聞こえなくもないが、一応理由があったらしい。

「なんだよ」
「わかった?そういうことだから、私はこれで」
「そんな正当な理由があんなら、そんな赤くなる必要ねえだろ」
「…う」
「逃げんなよ」
「花宮調子乗りすぎ、ほんと離して、マジで、いやもうよく分かんないんだって」
「そんだけ赤くして分かんないってことはないだろ」

なんだかやけに詰め寄る花宮。
痺れを切らしたなまえは、話題を終わらせようと必死である。

「も、もういーじゃん終わったんだし!ほら、次ザキが走るみたいだから、バカにしなきゃ、ねっ?」
「…まあ、今日はいいか、これくらいで」
「今日はって」
「明日もあるに決まってんだろバァカ」
「うっそ!?」
「嘘だ」
「…なんなの花宮、私をバカにしてそんなに楽しいのかい、ええ?」
「ふはっ!当たり前だろ?」
「冗談も程々にしてよ、もー!」

そう言って、テントに戻る二人。
なまえの番が終わったともあって瀬戸は寝太郎になっており、古橋は爽やかにお疲れ様の言葉と水筒を用意していた。
全くもって抜かりない。

「おいなまえ」
「ん?なに花宮」
「多分、俺もお前と同じことするぜ」
「へっ?何が?」
「さあな」
「えー、なにそれ…」
「何の話だ?」
「え、わかんない、花宮が変」
「花宮は結構いつも変だぞ」
「それもそっかぁ」
「納得してんじゃねえよ、バァカ。ほら、弘が走ってんだから見ろよ、面白いだろ」
「今ザキつまづいたね、って、あれ?」
「ん?」
「なんかこっち来てるんだけど」
「なまえっ!悪い、その…来てくれ」
「えー、走ったばっかなのにぃー!」
「ファイトだ」

テントに向かってきた山崎は、ポケットから落ちたカードに気がつかず、なまえを連れて走っていく。
花宮はそれを拾い上げるなり、吹き出した。
それを横目で見た古橋も同様。

「『霧崎第一で一番かわいい女の子』か」
「これ、完全にアイツの趣味だろ。…これネタにして、あとでバカにしようぜ」
「そうだな、楽しそうだ」

しかし、おそらく今日一番楽しかったのは、全ての事情を客観的に見ることのできた、カード回収係であることは間違いなかった。



借り人したかっただけ。
20140208



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