「ねえねえ君、可愛いね〜」
「よかったら一緒に遊ばない?」

なぜ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
確かに、無駄に背伸びをするつもりで買ったビキニのせいで、用意に時間がかかったよ。
後ろで二つも紐を結ばなくちゃいけないとか何なのとか一人でキレてみたりもしたよ。
いっそこのまま出て行って健ちゃんに結んで貰おうかなとか考えたりもしたよ!?
でも、だからって、この仕打ちはどうなの。

「え、あの…」
「可愛い〜照れなくてもいーんだよー?」
「ねっ遊ぼうよ」

なぜ私はナンパされているの。
更衣室を出たら健ちゃんも花宮も康次郎も一哉もザキも、だーれもいなかったから、ちょっと探してただけじゃん。
今まで全くナンパされたことが無い、というわけでもないけれど、このタイミングでナンパされるとか、ちょっと想像してなかったよ。
というかしたくもなかった。
ああ、こんなことになるなら、黙ってスクール水着にしておけばよかった!
そうすれば奴らに置いていかれることもなかっただろうし、一緒にいればそもそも、ナンパなんてされるはずがないんだから。

「ねえねえ聞いてる〜?」
「っや!」

後悔先に立たず とはよく言うけれど、本当にその通りだと思う。
腕まで掴まれちゃって、どうするの私?
プールに入って涼む前から、もう寒気で鳥肌がたちそうだよ。
なんて考えてたら、突然腕を引かれ、よろけてしまう。
あーあーホント嫌になっちゃうよ。
そう、半ば諦め始めた時のことだ。

「うちのペットに何か用か?」

すごくすごく聞き慣れた悪ーい声が、背後から降りかかってきたのは。

「はぁ?なんだよお前。横取りとかルール違反っしょ」

私の腕を掴んでいた色の黒い方のチャラ男は顔をしかめて、声の主に悪態をついた。
あーあ、やっちゃったなぁ。
そんなに粋がっていられるのも今のうち、というかなんと言うか。

「おい、お前ら聞いたか?」

チャラ男二人の動きが固まる。
それはそうだ、それが当然の反応だと思う。
何せ、平均身長185cmオーバーなガタイの良い男が、一気に五人も集まってやってきたのだから。

「ああ、なんだ、ルール違反というところならしっかり聞いていたぞ」

振り向けば、やっぱりよく知った五人が、揃ってこちらを見ていた。
流石にすごい威圧感。
いつも試合でこの並びを見て勝負を挑んでいる人たちって、やっぱりすごいんだなぁ。
褒める方違うかもしれないけど、本当にそう思えるくらい、五人揃って立ってると迫力があるのだ。

「ルール違反?なにそれウケるんですけど。そんなら、飼い主の知らねーとこでペット誘拐とか」
「犯罪だよ最早」
「いや瀬戸さぁ、そのかぶせてくんの何とか」
「なんない。ほら、なまえおいで」

まだオールバックになっていない健ちゃんが、優しげに私を呼ぶけれど、何せまだ腕を掴まれていて自分ではどうにも出来ないのだ。
するとそれに気が付いたであろうザキが、ものっそい形相で近寄ってきた。
こわい、その顔めっちゃ不良。

「オラ、さっさと離せよ」

ザキは割と普段から凶悪な顔してるけど、ここまで凄んだ顔は初めて見たわ。
するとチャラ男は反射のように私の腕から手を離し、一歩後ろに下がった。

「ほらなまえ、行くぞ」
「う、うん…」

肩を引かれて五人のところに帰ると、花宮がザキの頭を一度引っ叩いた。
いや、なぜだ。

「そうだ、僕らが親切に、丁寧に、君たちに教えてあげよう」

すると、突然猫をかぶり始める花宮。
初め既にゲスを見せつけちゃってるから、もう手遅れなのだけれど、どうやらそのまま続けるらしい。

「これには近寄らない方がいいよ。なぜなら、この間抜けな蝶はもう、怖い蜘蛛の巣に捕まっているんだからさ」

花宮の口元がにやりと歪む。
ああ、ゲスい顔だなあ。
こんな表情を見たら、何も知らない学校のファンの女の子達はどう思うんだろう。
確実にファンやめて飛び降りるレベルだな、なんて冷静に考えていたら、チャラ男二人は舌打ちを一つ残して去って行った。
それにしても、ペットだの蝶だのこれ扱いだの、こいつらも中々酷いものだ。
人のことを人間とも思わないこの精神ね?
結果的には助けられたわけだから、文句は言えないけども…

「…さて」
「よかったねなまえ、俺らが来て」
「ちょっと一哉、笑いごとじゃないんだけど、ほんとあれ何なの、意味わかんない」
「ナンパでしょ」
「私ってそんな軽く見えんのかなぁ」
「いや、単に魅力的に見えただけじゃあないのか」
「へっ!?」
「なんだ」
「…いやもう、康次郎勘弁して、慣れないからそういうの…はずい…」
「本当のことだ。その格好だって似合ってる、一段と可愛い。なあ?」
「は、はぁ!?俺かよ!いやまあ確かに意外ではあったけど…か、かかっ…可愛い、とは、思うな」
「俺もそう思うよん」
「う…」
「花宮だってそう思うだろう?」
「ああ」
「っ、助けて健ちゃん!もうやだこの人たち!!」

飛びつけばいつものように撫で撫でをしてくる健ちゃんはやっぱり大好き過ぎて。
康次郎もザキも一哉も人のことをからかってくるし、もう意味わかんない。
すると、少し前を歩いていた花宮がこちらを向いて、私の前に立ちはだかった。
え、なに、なに。怖い。
何が怖いって、その顔が怖い。

「これ着ろ」
「へ?…っわぷぁ!?」

突然、視界が奪われる。
頭の上から何か布をかけられたようで、それをとって見てみると、さっきまで花宮が着ていた白い薄手のパーカー。
えっと…なんで?
疑問に思っていると、花宮はすたすたと歩き始めていて、尋ねることは叶わない。

「着ておきな」
「え、でも泳げな…」
「泳ぐ時は脱げばいいよ」

大人しく着てはおくけれど、半袖のはずが七部丈になってしまったので、健ちゃんがそれを捲ってくれた。
それにしてもなんだろう、もしかして、そんなに見苦しい水着姿だったとか?
うわあ…想像しただけで辛い。

「ん、それでいいと思う」
「…康次郎まで、そんな?」
「まあ、仕方ないんじゃないか」

そう言ってそっぽを向かれる。
もう訳がわかんないわ、あんたら。
毎度毎度助けられてるのは、感謝こそしてるけど。
通りすがりに一哉に頭をぽんぽんと叩かれたので、それは払っておくくらいにして、私たちは割り勘で指定した有料席を目指した。



「うへー、やっと泳げる」
「ご迷惑おかけしましたぁ」
「なんでそんなイヤミっぽい言い方なんだよウケる」

なまえを救出し終えて、やっとのことで水に浸かることが出来る。
俺の渡したパーカーを大人しく着ているが、まあ、これで多少のカモフラージュにはなんだろ。
胸はねえけど、こんだけ似合ってりゃ、まあ虫の一匹や二匹くらい寄ってくるだろうからな。
これを着ていることでかえって可愛らしさというか、そんなのは増したような気もしなくもないが、一先ずは安心だ。
だからと言って、本人に可愛いだなんて言葉、死んでも言えないのだが。
安心出来ない点と言えば、康次郎くらいなもんか。
あいつは最近やけに積極的だからな、しかも、無自覚に天然かましやがるし。
あいつの恋愛については応援こそしているが…何と言えばいいのか、それによって別に俺自身が俺を捨てたことにはならないとでも言うか。

「あっ、おっきい滑り台のやつ乗りたい!あれ!」
「分かったから騒ぐんじゃねえよバァカ」

まあ、好きかどうかなんて知らない。
少なくとも可愛いとは思っている。
なまえならばいつでも図々しく俺の視界に入ってくれば良いとも思ってるし、嫌われてもいいとは決して思わない。
ただそれだけであって。
あまり難しいことは考えたくない。
はしゃぐなまえに付き合って、こいつらとバカみたいに騒いで遊んでいる時間を楽しんでいられれば、それでいい。
毎日学校で会っているわけで、まして部活の場でも一緒にいるのだから、何も文句は無い。
そうだ、何も、不満は無い。

「花宮、どうかしたのか」
「は?」
「ぼうっとしていたぞ」
「…ああ、なんでもねーよ。いいからほら、康次郎も弘も、今日のうちに貴重な露出姿を目に焼き付けておけよ」
「そうだな」
「はぁ!?そうだなって古橋お前っ…つか、ババババカじゃねえのか、おま、おまっ…んなことするかよ!!」
「ザキなに騒いでんのー?」
「な、なんでもねーよ!」
「ふはっ」
「笑ってんじゃねーよ花宮!つかそんなん言うなら古橋だって…」
「俺を巻き込むな」

はしゃぐなまえは、いつの間にやら一哉と共にウォータースライダーに向かっていた。
前々から思っていたが、あいつらは何かと気も合うらしく、好みが似ているらしかった。
甘い食べ物を好んでよく寄り道するし、昼や放課後に菓子を分け合ったりしている姿もよく見かける。
そのわりに口喧嘩なんかも多いわけだが、仲がいい程何とやらというものだろう。
だからどうというわけでも無いけどな。

「花宮ぁぁ!」

三種類あるスライダーから一つ選び滑り終えると、ものすごい笑顔で駆け寄ってくるなまえ。
一哉はどうしたのかと尋ねれば、置いてきた とあっさり一言。
いや、一緒に行った奴置いてくんなよ。

「楽しかったか?」
「うん!こんなに風と水浴びたの久々、暴走族にでもなった気分!」
「暴走族って」
「あっ、そうだ!ねえ花宮、次、さっきのよりでっかいの乗りたい!」
「乗ってこいよ」
「あれ二人乗りだもん」
「健太郎は?」
「健ちゃん絶叫系とか嫌いって今日来る時言ってた。ね?」
「言った」
「お前なぁ…つか、康次郎と弘は」
「飲み物買ってくるって。そういうことだから行ってきなよ花宮」

一体何を企んでいるのかは知らないが、たぶん、おそらく、確実に、健太郎が何か仕組んでいるに違いない。

「余計なことしやがって」
「恨まれ役は慣れてるから、お前のお陰で」
「うるせーよ」

こいつもつくづく頭がいい奴で、それも物事の仕組み何かだけじゃなくて、他人によく気も回るもんだからタチが悪い。

「花宮ー」
「ああ」
「…もしかして苦手だった?」
「なワケあるかよ、バァカ」
「だよね?よかったあ、早くいこ」

そう言って俺の腕を引くなまえに導かれるままスライダーを目指す。
後ろでいってら 等と全てをわかった上で言っているだろう健太郎は、後日ゆっくりと痛めつけることにした。



はなみやくんのじかくのおとずれ
20140206



前へ 次へ