プールに行く



「プール行こう」

言い出しっぺは勿論なまえであった。
まさかのきっかけは原の、明日部活休みか の一言である。
唐突な発言故に、皆は帰り道を歩む足を止めてなまえを見た。

「お前さっきから静かだと思ってたら…」
「また急だな」
「え、プール、よくない?まだ暑いんだしさ」
「良いか悪いかって聞かれたら、まあ良いとは思うけど」
「ふはっ、全員が全員お前みたいに暇だと思うか?なわけねえだろバァカ」
「そういう花宮は用事あるの?」
「ねーよ」
「さすがぁ」
「どういう意味だよ」
「え、わかんないの?」
「死ね」
「泣きそう」
「まあ行く分には行ってもいいぜ」
「なにそのツンデレー」
「うるせーよ」
「まあいいや、じゃあ花宮は決定ね。あっ健ちゃんは暇だよね?」
「暇だよ」
「俺も暇だよん」
「よしっ、健ちゃんと一哉も決定ね」
「それが暇だけど行くとは一言も言ってないんだよね」
「えっ」
「冗談だよ」
「…健ちゃんの冗談わかりにくい」
「悪かったよ」
「なまえ、俺も暇だ」
「おっし康次郎もけってー!ザキは暇かなあ?誰か知らない?」
「今メールしておいたけど、暇って言ってたよ」
「じゃあ決定ね!」

暇だというだけで、知らぬうちにプール行きを確定されている山崎は、つくづく扱いが雑である。
彼にとってはいいことなのだろうが。

「水着買わなきゃ」
「今から買うのかよ」
「学校指定の水着しかないし、プールとか小学生の頃から行ってないもん。ほら、健ちゃんと、健ちゃんのママパパと行った時」
「ああ、そういやあったなぁ」
「そん時のやつ着ればー?」
「着れるか!」
「大丈夫じゃね、胸無いし」
「ぶっ」
「ふはっ!おい一哉、本当のこと言うなよ、なまえが可哀想だろ?」
「花宮あとで眉毛全部剃り落とすから」
「はぁ?一哉にやれよ」
「一哉にやるのは当たり前でしょ、前髪生え際まで刈ってやるんだから。あと康次郎あんたも吹き出した罪は重い」
「俺もか」
「ってことで私は買ってから帰るから、みんな先帰ってていいよ」
「もう5時だぞ、帰りが危ないだろ。俺も着いて行こうか」
「え?水着売り場だよ?」
「いや、流石に売り場には入れない」
「古橋過保護すぎー」
「危ないだろう、もしも何かあったらと思うと」
「へーきだよ?私痴漢くらいなら撃退出来るもん」
「囲まれたらどうするんだ」
「まあ、無理だろうな」
「大丈夫だもん」
「バァカ、せめて身長伸ばしてから言えよ。まぁ、それならついでだし、今待ってるから買ってくればいいだろ。お前らどうせ暇だろ」
「特に用はねーぜ」
「俺もー」
「ってことだ、さっさと行ってこい」

花宮の提案で、駅前で水着を物色してから帰ることに決まった。
最終手段としてはスクール水着という手もあるが、あまり使いたくはない。

「ついでだし俺も見てくるかなー」
「ああ、じゃあ俺も」
「んじゃ、帰りここ集合で」
「おっけー」

各々が店を物色しに行く。
明日、誰がどんなものを着てくるのか、楽しみである。



翌日。
代々木駅を集合地点として、練馬区のとある遊泳場を目指す霧崎第一男バスレギュラー陣プラスなまえ。
中々に大きな施設で、土産屋やゲームコーナー、ちょっとしたアトラクションなんかもあるところだ。
最も、プールを満喫していれば、一日などすぐに終わってしまうのだろうけれど。
しばしの間電車に揺られ、一行は目的地への到着を待つ。

『次は〜豊島園〜…』

日曜日ということもあり車内は混み合っていたが、この暑さも窮屈さも、プールという水の楽園に辿り着くためだと思えばどうってことはなかった。
車掌のアナウンスと同時に、全員がはっとする。
やっと着くのかと。
しかし駅を出てからも、また長いこと歩く。
およそ4000円弱の入園チケットと、各々がリストバンド型のキャッシュレスタグを購入。
途中に土産屋やらアトラクションを横目にするくらいにして、やっとの思いでプール入り口。
軽い気持ちでプールに行こうなどと言ったのは良いが、中々に金がかかる。

「じゃーあとでね」
「ああ」
「みんなして置いていかないでね、ちゃんと待っててね?」
「いいから行けって」
「う…」



なまえはまだ更衣室から出てこない。
俺たちは男だし女のなまえより着替えが早いのも分かるのだが…
特に一哉なんかは「もう履いてるし」なんて言って、すでに自宅から仕込み済みだったので、余計に早かった。
脱ぐだけの早着替え仕様。
そんなんで、俺たちもそれとあまり変わらないくらいの速さで着替え終えたわけだから、それはもう、大分待った。

「俺もうプール入りたいんだけどー」
「先に入ったらなまえが怒るぞ、置いていかれたーとかなんとか言って」
「いーよあいつ怒っても怖くねーし」
「そういう問題じゃないだろう」

康次郎が持っている無駄に防水な腕時計で時刻を確認すると、もう俺たちが出てから15分が経っていた。
一体あいつは何をしていると言うのか、まさか、肝心の水着を持ってくるのを忘れたのか?
なまえならばやり兼ねない。
せっかく、出て来た時に誰もいなければどんな反応をするかと、様子を伺うために少し離れた場所で、更衣室の出口付近からの死角に潜んでいるというのに。
つまらない。

「あっ」

突然、一哉が声をあげる。
前髪で目が隠れているくせして一番視力がいいのがこいつで、どうやら、なまえを発見したらしい。

「ん?ああ、やっと来たな」
「めっちゃ不審者なんだけどあいつ、焦ってんね」
「…可愛いな」
「出たよ古橋」
「でも可哀想だ、早く行ってやろう」
「えーどうせならもう少し見てようぜ」
「泣き出さないといいな」
「!?」
「いやそんな驚かなくても良いって、泣くまではいかないだろ、流石に」

きょろきょろと不安気に辺りを見渡しているなまえの姿は、まあ、康次郎の言うとおり中々に可愛いところもある。
まるで迷子のようだ。
それに可愛いと言えば、水着。
きちんと着ていたのは良いが、昨日買った、あの水着である。
遠目からなので詳細には判断しかねるが、色は薄いピンク色で、白のフリルがついているらしい。
その上、まさかのビキニだと?
肌が白いから、似合うことには似合っているのだが…
なまえのことだからワンピースのようなデザインを着ていそうなものだと思っていたが、これは、少しばかり意表を突かれてしまった。

「意外と…アレだな」

弘のやつも同じことを考えていたらしい。
こいつと同じ考えというのは中々に気に食わないが、まあ、仕方が無いと思う。
健太郎も頷いている。
そうか、こいつの場合は特に、元々をよく知っているから、驚きもでかいんだろうな。
一哉はあまり気に留めてはいないようだが、後ろ紐だぜーなどと言って笑っている。
ああなるほど、それが結べなくて遅かったのか。
まあ、こうなると何が心配かというと、やはり康次郎…ああ、案の定固まっていた。
いつもの無表情に拍車がかかっている。

「なあ、なまえ歩き始めたけどー」
「ああいや、戻ったぞ」
「完全に不安になってんだろあれ!ちょっと可哀想になってきたぞ俺…」

さて、そろそろネタバラしでもするには頃合いだろう。
そう思い死角を外れようとした途端、また一哉が声をあげた。

「あっ!」
「なんだようるせーな…あ?…ああああ!?」
「なっ?な?」
「…殴っても問題ないか、なあ、ほんのちょっと動かなくなるくらいまでなら問題ないか」
「落ち着け古橋ィ!」
「いや、そうか、うん、なまえもナンパされるような歳になったんだな、少し切ない」

おどおどとしているなまえに、声をかけている二人組の男。
おそらく俺たちともあまり歳は変わらないであろう、よく日に焼けた金髪と色の白い茶髪だ。
いかにも女の波を泳ぎに来ました、というような奴らだ。
それにしても、あいつらも運がない。
手当たり次第に女に声をかけるのは別に構わないが、よりにもよってなまえに近寄ってしまうなんてな。
俺たちのバスケスタイルはまるで蜘蛛だなんて揶揄されているが、こっちに関しても、大差ないらしい。

「ふはっ、まあ、いいだろ。…行くぞお前ら」

俺がそう言うと四人は頷き、当然のごとく後ろに着いてきた。
蜘蛛の巣にかかった獲物を横取りするとは、一体全体どういう事なのか。
なまえという蝶に誘われた二匹の虫に、その感覚を味わって貰おうぜ?



まだ泳いでない件。
20140205



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