人を殺すことに疑問を覚えたことはなかった。
それが家業で、私はそれに従うだけだった。
"彼"とは、仕事のために偽名で受けたハンター試験で出会った。
3次試験の成り行きで彼と協調関係を結ぶことになり、共に行動した。
馴れ合うつもりはなかったが、他に知り合いがいなかったこともあり、やりとりは最終試験まで続いた。
彼は、これがハンター試験で、これからハンターになるという覚悟はあったものの、
人を殺すことに良い顔をしなかったの。私は家業が暗殺だとあえては言わなかった。
私のほうが強いのに、女扱いして、護ろうとさえした。
出会ったことのない種類の人間で、戸惑った。眩しかった。
善良な彼がハンター試験を受けたのは、
ハンターになって達成したい目的があるからだという。
できることなら、こちら側に来ないで、
いつまでも光差す道の上を歩んでいてほしいと思うくらいだった。
彼は私を好きだと言った。
私はそれを受け入れた。
愛し方は彼が教えてくれた。
一緒に暮らそうと言われ、たくさんの試練と罰を受けて、家を出た。
ボロボロになった私を見て、事情を問うから、
高名な暗殺一家の生まれだったと明かすと彼の顔色が変わった。
驚かれるのは予想していたし、軽蔑される可能性も考えてはいた。
でもね、もう足を洗ったんだよ、あなたと一緒に生きていきたくて。
彼はしばらく沈黙してから、俯いて地を這うような低い声で問うた。
「一つ聞きたい。ロザンナという地方に行ったことは?」
ヨルビアン大陸の北、大きな国の小さな街。
覚えている。
夫妻を殺す仕事で、ついでに幼い娘も殺した。
たしかに、私が。
「君だったんだな? ――お前が、」
彼の様子がおかしいことに気付いた。
豹変と言ってもいい。
私の頸に手をかけた。
「何を、」
「君が殺したのは僕の家族だ」
私は彼の仇敵だった。
「なぜ今更僕の前に現れたっ!?」
違う、知らなかった。
そんな言い訳は、彼の絶望の前には慰めにもならなかった。
騙したな、と彼は私の胸ぐらを掴んだ。
仇敵を憎み、仇敵を愛してしまった自分を恨んで、何度も私を手にかけようとした。
首を絞め、拳銃を向け、しかし命までは奪えなかった。
最後に思いとどまらせる躊躇いが私への想いなら、嬉しいと感じる。
私もとっくに壊れていた。
思い通りにならない苛立ちで彼はますます私を痛めつけたけど、そんなことはよかった。
「君を憎まねばならない僕の苦悩を理解してくれ」
彼は苦しそうに顔を歪めて笑んだ。
大丈夫、わかっているから。
本来人を恨むような質でないあなたにこんな顔をさせてしまったのはすべて私が悪いのだ。
私は彼の望む罰を受ける覚悟をした。
これまで生きてきたツケが回ってきたのだ。
私は彼にすべてをもらったから、彼のすべてを奪ってしまったというなら、彼にすべてを奪われてもかまわなかった。
腕でも脚でも好きなところをもいでくれればいい。
脳でも心臓でも、好きな場所を刺せばいい。
拘束され、肉が焼けても骨が折れても悲鳴一つ上げなかった。
あなたの気が済むのなら、いくらでもこの身に刻んで。
目を閉じればあなたに愛された記憶が浮かんできた。
いつかあの日々が還ってくると信じて。
罰を受け続ければいつか赦されるとどこかで期待していた。
私が苦痛で顔を歪めれば、彼は歪んだ笑みを湛えた。
私は彼の心を穢してしまった。
死ねと罵るのに、本当に殺してはくれないの。
それなら自分で終わらせようとすれば、それは赦さないと言う。
嬲って、抱きしめて、突き放す。
憎まれて、愛されて、呪われて。
その呪いに、誰よりもあなたが蝕まれて。
「もう、終わりにしよう」
あなたの心がこれ以上壊れないように。
あなたが私を罰し終わった後、あなたが私のことを忘れられるように、祈りをかけよう。
それがあなたを傷つけた私にできるせめてのこと。
憎しみなんて、傷ついた記憶なんて、人殺しを愛したことなんて、それを罰した記憶なんて、穢れたもの、忘れてしまって。
人を傷つけるのは悲しいことだってあなたが教えてくれたから。
失ったことが苦しいというから、幸せな記憶があることさえ苦しんでいるなら、
家族のことも私のことも全て忘れれば、新しい、平穏で幸せな人生を送ってくれるかな。
それ以上は望まないから。
生まれてから今までの記憶を全て消すには重い制約と誓約が不可欠だった。
だから、私の記憶も一緒に消すことにした。
同じ呪いを、同じ罰を。
彼は自分が語った愛の言葉さえ汚点だと思っているようだから、一緒に消し去ってあげるのもいい。
いつか彼は自分のことを調べて、再び私を憎むかもしれないけど、それでもいい。
愛されて憎まれるよりは、憎まれて彼の望みで死んだほうがマシだ。
「それで、君はのうのうと生き延びるのか」
万が一にも、再び出会うことがあるかもしれない。
また恋に落ちたら、それは素敵なことだけど。
「ここで殺していく?」
人を殺せない君と、人殺しの私。
「……君を、この世界から追放する」
*
*
*
夢を見た。
どんな夢だったが覚えてないのに、胸が痛かった。
朝の光が眩しくて、生まれたての気分だった。