24.季節 -- めぐる思いの数だけ、歌うけど

『 水溜りの海から抜け出せずにいた  凍りついた世界の中  僕を待つ君の元へ 僕を待つ君の元へ 』


 文化祭は滞りなく幕を閉じた。
 軽音楽部のライブはかつてない観客動員数を記録した。
 遥は一番聞いてほしかった人が不在のまま、見事に歌いきった。拍手喝采を受けながら、心は晴れなかった。


 彼方が消えてから一ヶ月が経ち、警察に届けを出したこともあって、徐々に波紋が広がりつつあった。
 もちろん、メインは桃桜香恋への心配の声だった。
 しかし、いくら彼方とはいえ、連絡もなしにただ『行方不明』の状態が続き、さらに失踪当時の部屋の様子まで明かされると、楽観してもいられなくなった。
 いつしか、こんな言葉が囁かれるようになった。

『神隠し』、と。

 そんなんじゃねえ、と遥は、思う。
 けれど、彼方に貸していたものをすべて回収してしまった今、遥以外にあの、嘘みたいな真実にたどりつく者はいないだろう。
 バカみたいな噂を否定して回ることもできない。


 脳裏に蘇るのは、さんざん迷惑をかけられた嫌な思い出ではなかった。

 たとえば、何か達成したときの誇らしげな笑み。
 子供みたいに純粋で無邪気に笑うんだ。身体の強さに、心が追いついていないみたいに。

 それから、逆に無茶をしすぎてボロボロになった掌、傷だらけの腕。暗い路地裏、地に伏した大勢の不良の中に、所在無く立ち尽くしている。
 これ以上ない強さの証だというのに、なぜだか、俺を見て泣きそうな顔をするんだ。孤独でたまらないって。

 怖いはずがないだろ。見捨てるはずがないだろ。離れていくはずがないだろ。

 彼方は強さをもてあましていた。
 けれど逆に、等しく備わるべき心の強さが欠落していた。
 対極な強さと弱さを内に同居させて、弱さを押し留めて、鍛えるんだ。

 そうするたびに常識の外に追いやられていく。
 日常に居場所がなくなって、やっぱり強さを居場所にしようとするんだろ。

 悪循環だと思った。彼方は真に欲しい物がわからないだけなんじゃないかって。

 だから、俺が居場所になれればいい。
 そう思ったのはいつだったかな。

 気に入ってるピアスの片方をやった。
 ホールは開けてなかったけど、どうせ身体に傷をつけることに躊躇いをもたない奴だ。
 それどころか、その場で開けてくれって言いやがった。
 以来、俺もアイツも、常にその銀のピアスをつけている。


 そんな、毎日のように顔をあわせていた大切な人が、突然いなくなった。
 その実感は、喪失感は、日増しに大きくなり、着実に遥を蝕んでいった。

 教室では、まるで死んだ魚のような目をして、時が過ぎるのを待っている。
 その様子は見るに耐えないものだった。

 意外かもしれないが、遥は入学当初は孤立するつもりでいた。
 つまらない。そんな感想に支配されていた。
 何が好きで、何が嫌いか。そういう本質を誰も見ようとしない。

 遥の実家も堅気の商売をしていない。その点では彼方と一緒だ。やくざな稼業なのである。
 人形めいた容姿も手伝い、遠巻きにされることも多かった。
 外見が女みたいだとからかわれることにも、陰口を言われることにもうんざりしていた。からかってくる相手を黙らせる程度のことはできるのだが。


 最初はきっと刺激を求めていて、非常識に出会った。

 けれど、その彼方がいなくなった。
 今のクラスは少しはマシだけれど、馴染んでいるようで、一線を引いていた。今更他の奴らに混ざって騒ぐ気にはなれなかった。

 どうやったら追いかけていけるのか。次第にそんなことばかり考えるようになった。けれど、非常識に抵抗する術など思いつかなかった。


 心配した軽音楽部の仲間たちは、積極的に遥をいろんな場所に連れ回した。
 音楽で繋がっている相手には心を許すと知っているから。

 ほぼ日替わりでいろんな場所に行かされたけど、共通しているのは、そこに音楽があるということだった。
 急にマイクを渡されて、歌えといわれる。
 全力で歌っているときは余計なことを忘れられたので、これはありがたかった。
 これまで以上に音楽にのめりこんでいった。

 才能という華を鮮やかに開花させて――。


「やっぱお前って凄いな。天才だ。魔法みたいな歌、歌うんだもんな」
 子供に対してみたいに頭を撫でられながらの褒め言葉だったが、遥は甘んじて受けた。
 彼方がいなくなった今、バンドだけが遥の居場所だった。
 一時だけでも、すべての魂をつぎ込ませてくれる。だから、彼らには感謝している。

「なあ、プロ目指そうぜ」

 その提案に抵抗なく了承したのは、そういうわけだった。
 どんな場所でも、遥はそこで歌うだけだ。
 まるで義務のように頷くのを見て、バンドのリーダーが言った。

「彼方って子のことだけどよ、お前が有名になったら、テレビとかで呼びかけてみればいい。
 もしかしたらひょっこり帰ってくるかもしれないぜ」

 遥は、それが有効な手段でないことをなんとなくわかっていた。
 そこは電波が届かないほど、あまりにも遠い。ただの行方不明じゃないんだ。
 しかし、まだ手の届く場所にいる可能性がゼロというわけではないので、自分に出来ることと言ったらそれくらいかもしれなかった。


 季節は巡る。

 春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て、もう一度春になった。


 彼らは、遥が中学を卒業すると同時に、素晴らしい才能を以ってメジャーデビューした。


( この歌は届くだろうか )


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