22.説明 -- 最後の試験、開始

「下を見なさい。ここが試験会場よ」

 試験官に言われるままに飛行船から地上を見下ろした三人の視界に広がるのは、花の咲き乱れる豊かな森だった。

「あらためて自己紹介するわね。私はアーシャ。フラワーハンターよ」
「フラワーハンター?」
「美しくて希少価値のある植物を保護したり、研究したりするハンターのことよ」

 ふうんと間延びした感嘆の声を上げているのは彼方だが、花になんて興味ないことは誰が見てもわかる。
 試験官は一瞬眉を寄せ、香恋がフォローに入った。

「それで、どんな試験なんですか?」
「このアーシャ自然公園の中に咲いている『宝石花』を採取して、十日後に私の元へ持ってくるのよ」
「宝石花?」
「小さくて美しい、宝石ほどの価値がある花よ。赤、青、緑、黄、白の五種類があるわ。
 その五種類のうちのどれを持ってきてもいい。けれど、他の受験生と同じ色を持ってきたら失格とするわ」

 その言葉を聞いて、約二名が反応するが、一人はわかってない顔をしている。
 誰が誰かは言わずもがな。
 そもそも現在の態度が、ヒントを逃すまいとしている二人に対して、約一名ぼけーっとしている。

「質問は?」
「あの、宝石花の写真とかは?」
「ないわ」

 香恋は固唾を呑んだ。
 地上に広がる森には、星の数ほどの花が咲いているように見える。
 ヒントは『小さい』『希少』『美しい』『赤か青か緑か黄か白っぽい色』という曖昧なものだけ。
 条件に当てはまる花はいったいどれくらいあるだろう。
 そもそもこの森を一周するだけでも大変そうだ。

「難しい? そうね、じゃあ最後にヒント。宝石花は周囲の色彩を花びらに取り込んで成長するの。
 美しい景色のもとでしか咲かない。だからフラワーハンターのお仕事ってわけ。
 そんじょそこらの花とは比べ物にならないほど美しいわよ。一目でわかるわ。
 ちなみに、私の自然公園の花をむやみに枯らしたら試験終了直後にぶっ飛ばすから」

 『ぶっとばすから』だけを聞いて彼方がアーシャの強さを目で測り始めたのを香恋は感じた。
 今注目すべきはそこではないと思うのだが、その気持ちは届かない。

「じゃ、パラシュートを配るわね」
「パラシュート? どうしてですか?」
「この飛行船が私の森に下りたら荒れちゃうでしょ。あなたたちが飛び降りるのよ」

 あたかも当然のようにそんなことを言われて、香恋はもう一度地上を見た。身の毛もよだつような高さだ。
 しかし、青いドレスを着た美女は三人の受験生にパラシュートが行き渡ったことを知ると、簡潔に使い方の説明をして、女王の笑みを浮かべた。
 わけがわからないうちに、三人は浮遊感に襲われる。立っていた場所の床が抜けていた。

「十日後に会いましょ」
「きゃああ!」
「香恋!」

 彼方は必死に手を伸ばして、香恋を腕の中に留めた。本人は落下の恐怖を感じないらしい。
 どんなに震えても、気を失わなかっただけ香恋は気丈であるといえよう。もしもひとりだったなら、それはそれで、一人でどうにかしていたかもしれないのだが。
 二人はちゃんとパラシュートを開き、着陸した。

「香恋、大丈夫か?」
「こ、怖かった」

 高所恐怖症のつもりはないのだが、落下中の本能的な恐怖は拭いきれない。飛行船の高度から落ちたのだから当然だった。
 とりあえず怪我のないことを伝え合って、二人はあたりを見渡した。
 空のかわりに木々が青々と繁り、小鳥のさえずりが聞こえて、木漏れ日が点々と輝いていた。
 その光景に、やけに既視感を感じると思ったら、この世界で初めて見た、ゾルディック家の庭に似ているのだった。

「さて、これからどうする?」
「どうしよっか。と言いたいところだけど、まずは彼方ちゃん、アーシャさんの話聞いてた?」
「……聞いてたぜ」
「香恋にテストさせて」

 テストという単語を聞いただけで彼方は拒絶反応を起こして顔を顰める。
 しかし、試験の内容がわかっていなければ行動を起こせないので、香恋は無視してテストを始めた。

「この試験の内容は?」
「宝石花っていう花を探すんだろ」
「どんな花?」
「どんなって……、すごく綺麗な花としか。あ、あと五種類の色があるんだろ」
「『小さい』っていうのもポイントだね。じゃあ、詳しいルールを言ってみよう」
「ああっ!もう、一応聞いてたっつーの。
 十日後に試験官のところに宝石花を持っていくんだろ。えーっと、三人が違う色の花を」

 それくらい簡単だというように答えると、これからが本番だと言わんばかりに香恋は質問した。

「どうして違う色の花なのかな?」
「……試験官が決めたからだろ」
「うーん、じゃあ、宝石花はどこに咲いてる?」
「どこって……それを今から探すんだろ?」
「手がかりは?」
「言ってたか?」

 質問を質問で返した彼方を見て、香恋はだいたいの理解の程度を見極めた。

「聞いてはいたみたいだね。でも、一次試験と同じ。もう少し考えてみよう」

 答え合わせが始まるのだとわかって、彼方は胡坐をかいたまま頷いた。
 香恋は乙女座りをしている。

「まず、対象物が『花』で、持っていくのが十日以内じゃなくて『十日後』であるってことは、例えば五日目に花を見つけたとして、残りの四日間それを枯らさずに守る必要があるってこと。
 だから、見つけたと思ってもむやみに抜いちゃダメだよ」
「ああ」

 説明ばかりで彼方が飽きないように、香恋は人差し指を立ててオーラで文字を形作って弄んでみる。
 オーラのコントロールは日増しに上手くなっている。

「『宝石花は周りの美しい色を花びらに取り込んで成長する』ってことは、つまり、宝石花のありかは赤、青、緑、黄、白のどれかの美しい色がある場所。
 たとえば青だったら、水辺とか空の見渡せる場所だと思う」

 単元ごとに区切って説明を続ける。

「同じ色の花を持っていくと失格な理由は、難易度を上げるためだよ。
 単純に考えても、三人が三人とも合格するためには五種類中三種類の宝石花を見つけなきゃいけないからね。
 宝石花は色によって咲いている場所が違うみたいだから、仮に一種類見つかったとしてもきっと二種類目、三種類目も見つけるのは難しい」

 彼方はわかったようなわかっていないような顔で頷いている。

「それで、問題なのが、一種類か二種類だけ花が見つかったときだね。彼方ちゃんならどう思うと思う?
 ちなみに本当は最悪なのは一種類も見つからなかったときだけど、怖いからそれは考えないことにするね」
「『もう一種類頑張って探すぞ』とか?」
「時間に余裕があればね。でもたとえば残り一日だったら?」
「花を守る……いや、奪い合いか!」

 やっと誘導に従って答えに辿り着き、彼方はいっそ無邪気に喜ぶ。

「それも、ただの奪い合いじゃない。
 たぶん、宝石花は同じ種類なら近くにいくつか咲いてると思うの。でもそれを試験官のもとに持っていかれては、自分も失格になる。
 花を奪うだけじゃダメ。他の受験生に花を持たせないようにしなきゃ。動きを止めるとかね。
 アーシャさんにぶっ飛ばされる覚悟があるなら、他の花を枯らしてしまうっていう手もあるけどね」

 香恋は茶目っ気のある笑みを作った。
 彼方ならむしろ戦いを望むかもしれないと思ったのだ。

「この試験は、最高で五人、最低では一人も合格できないようになってる。
 彼方ちゃんはこの場合、受験生同士が協力するべきだと思う? 単独で探すべきだと思う?」
「探し物は協力したほうが効率がいいんじゃないか?」
「この場合はどっちが正解とも言い切れないんだけど、問題はあるんだ。
 たとえば二種類見つかったとして、誰が合格するかとかね」

 香恋は神妙な面持ちで語った。
 戦闘になったら、間違いなく彼女は負ける。ルールの理解は頭脳を使うが、実際に探すのは体力勝負でもある。この試験で有利とはいえなかった。
 そんな心情を知ってか知らずか、彼方はけろりと断言した。

「そんなの、話し合えばいい。決まらなかったら見つけた奴のもんだろ。
 そんなに悩むことじゃねえと思うぜ。俺は香恋と喧嘩したいと思わないし」
「……そうだね。お互いが顔見知りなのは幸運なのかも。
 自分だけが合格するっていう卑劣な手段を選べない点では不幸かもしれないけど、足の引っ張り合いしても自分が受かるとは限らないしね。
 協力してくれるかどうか、シャルさんにも聞いてみようか」

そうして、香恋は立ち上がろうとした。

「いいよ、賛成」

背後から声がした。見れば、シャルナークという男が笑って立っている。

「君ら、もともと隠れる気がないだろ?すぐに見つかったよ。
 この試験、一人でやるよりは手を組んだ方がいいと思うんだよね。よろしく」

少女は安堵の息を吐いた。
最終試験、開始だ。


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