21.価値 -- 『探そう』と言えなかった

「あの言い草からすると、どっちにしろ次が最終試験だね」
「随分あっけなかったな」
「次で落ちるかもしれないんだけどね」

 彼方はやけに声のトーンが低い香恋を訝しげに見た。香恋は曖昧に笑う。

「全員が受かるような試験ならいいけど、たとえばこの中で戦闘になるなら、誰が落ちるかは決まってるもん」
「まあ、そうだね」

 言われて初めて彼方は香恋の不利に気づいた。

「でも試験官も、そこのところはわかってるんじゃない? 俺たちが念能力者だってわかってたし。それに、知能戦だったら落ちるのは確実に彼方だしね」
「……お前だけ合格確実かよ」
「自信はあるよ」

 シャルナークは否定せずに言った。
 香恋はそれが自信過剰だとは思わなかった。 なんせ、天下の幻影旅団なのだ。
 果たして彼方は気づいているだろうか。おそらく気づいていない。
 現に、

「そういや、シャルの職業ってなんだ?」

 なんて、爆弾を投下している。

「彼方たちは?」
「学生」

 実際は中学生なのだが、義務教育という制度を知らない上に、二人が高校生くらいだと思ったシャルナークは、「馬鹿なのに高等教育受けてるんだ」と心底意外そうに驚いた。学生なのに文字が読めないと言われれば、不思議なのも当然だ。
 香恋は思わず噴き出した。

「馬鹿で悪かったな」
「仕方ないよ! 彼方ちゃんって勉強しに学校行ってなかったもん」
「そりゃ、中学くらいは行かなきゃな」
「もしかして軍の学校とか? それが『天宮』?」

 シャルナークとしては、何気なくいい線を行ってる探りを入れたつもりだったのだが、あっさりと否定される。
 しかたなく、話題を変えた。

「なんで今更俺の職業知りたいの?」
「お前頭良さそうだから。調べたいことがあるって言っただろ?」
「『世界を飛び越える方法』?あれって、結局どういう意味だったの?」

 一次試験終了後に、飛行船の中でたしかそんなことを言っていた。
 あのときはただ意味不明だと思って気にも留めなかったが、何か所以があるらしい。

 彼方は説明しようと口を開いてから、けれど困ったように香恋を見たので、香恋は溜息をつく。

 知らないうちに話題を転換させられて、結局シャルナークの職業を聞き出せていないことに気づいていないのだろうか。

 話されたのは、驚くべき内容だった。

「つまり、香恋たちはオーラの暴走で違う世界から飛ばされてきたんです」
「違う世界?」
「ええ、本来は念がない世界で念を開花させてしまったから、弾き飛ばされたんだと思います」
「念のない世界?」

 そんな馬鹿な、と思いかけて、散々かみ合わなかった会話を思い出す。
 自分の知識にない存在。
 ふと、その強さを思う。

「じゃあ君たちは師匠とかいないの?」
「念に関しては」

 シャルナークは感心して興味深そうに二人を見た。
 その反応を見て、香恋は幻影旅団にさえ念の師匠はいることを知る。
 『蜘蛛』なら独学でもありえそうなイメージがあったが、違うようだった。
 よく考えれば、この世界では誰かに教えてもらわない限り念を知ることはない。最初に念に出会ったのが戦闘場面でだとしたら、とっくに死んでしまっている。洗練された人物に師匠がいないというのはありえないのだ。
 いかに自分たちが特異であるかを知った。

「つまり、探してるのは空間移動の念だよね? 探せばありそうだけど」
「本当か!?」

 目を輝かせて自分の腕を掴む彼方は、やっぱり女に思えないなあと思ってみた。
 興味が湧いたので、協力的な発言をしたらすぐにこれだ。安易に発した一言に対して、あまりに食いつきがいい。

「すぐにとはいかないけど、念能力を探すなら、裏社会だね」
「なんでだ? ハンターって基本は表の職業だろ?」
「それは個人の捕らえ方によると思うけど、少なくとも表世界では"念"っていう言葉が出てこないから。
 条件に合う能力を探したいなら、裏のツテと金と情報収集力が不可欠さ」

 彼方は黙り込んだ。言われたことの意味を反芻して考えていたのだが、案の定その思考はすぐに放棄された。

「わかった。頼む、探してくれ!」
「ヤだよ。俺にはなんの利益もないじゃん」

 即座に断る。
 切羽詰った頼みごとを請け負うのは面倒だ。
 興味はある、けれどそれだけで利用されてやるつもりはない。どちらかというなら、利用してやる側なのだから。

「利益? ――俺に出来ることならなんでもする」

 ほら、かかった。
 彼女の単純さはすでに思い知っていたのだ。

「ほんと? じゃあ俺たちの仕事の手伝いしてよ。勿論タダ働きで。
 代わりに、それらしき情報があったら教えるからさ」
「いいぜ。どんな仕事だ?」
「まさか今更引き返すなんていわないよね?」
「当然だ」

 わけもわからないというのに、ああ、なんて軽率なんだろう。
 香恋は心の中で嘆いた。

「俺は盗賊。幻影旅団って聞いたことない?」

 また沈黙が訪れ、それから大音量の叫び声を上げた。
 香恋は予め耳を塞いでいたが、シャルナークは迷惑そうにする。

「何、蜘蛛に恨みがある知り合いでもいたの?」
「いいや、違う。そうじゃなくて」
「それなら良いや。契約成立ね。団長には俺から話をしておくから」

 見覚えがあったにもかかわらず、今まで気づかなかった自分がさすがに情けなくて、彼方は閉口した。
 香恋は、これを機に彼方の思慮の浅さが直るといいなと思ったが、すぐに無理だろうなと思い直した。

「それで、香恋は?」

 一緒に幻影旅団の手伝いをするか、という意味だ。
 なんて物騒な誘いだろう。
 けれど、実は香恋は戦闘能力は今のところ乏しいが、除念の能力があるので、しかるべきときがくれば必ず役に立つのだ。

 しかし、根本的な違いがある。帰る方法など探したくない。足掻いても、価値観の差は埋められないのだ。

「他の方法で生きていきます。あてもあるので」
「香恋、俺は……」
「うん。探しなよ」

 懸命に自分の意思を伝えようとする友人に対し、少女は拍子抜けするくらいあっさりと微笑んだ。

「香恋は、大丈夫だから」

 どろっとした押しつけがましさがありながら、抑揚の無い声からは何も読み取れなかった。


 そのちょうどいいタイミングで、広い部屋のドアが開いた。

「決まったわ!」

 叫んだのは、勿論、青いドレスに身を包んだ、あの美女である。顔に満面の笑みを浮かべている。

「今から三次試験を開始します。全員荷物を纏めて外に出なさい」


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