20.隙間 -- 暇な時間の過ごし方

「君たちは不思議だね。正反対なのに同じ形容詞が当てはまる。“強いけど弱い”」

 そう言ったシャルナークに対し、彼方は首を傾げてから、『弱い』と言われたことに反応して睨みを利かせ、香恋はきょとんという顔をして「なんのことですか?」と聞いた。

「いや、なんでもないよ」

 白々しい態度だと思った。すでに、香恋への評価は完全に変わっていた。
 視線で交わされる攻防に気づいていないのは彼方だけだ。

 残りの道のりは比較的平坦だった。
 足を痛めていた彼方を香恋が負い、三人は無事にゴールへ辿り着くことが出来た。
 それも、一番乗りだ。タイムは12時間24分だった。

「けっこう掛かったね」
「ああ、それにしても他の奴ら誰もまだいねえの? 遅くねえ?」
「まだ二日あるからね。気長に待とうよ」

 それから、食事を取って、自由な時間になった。
 暇を与えれば彼方がやることは一つしかない。――修行である。
 広い空間の中心に立って、息を整え、円を広げる。どこまでも、広がっていった。

「宇宙?」
「彼方ちゃんのオーラって底なしだから、限界まで練をしてそれを留めようと思っても、なかなか限界に行き着かないんですよね」
「塔全体――頂上まで届いてる?」
「おそらく。でも、多分練をしているだけなので、範囲内の様子を探るとかはできないんですよ」
「それって円の意味あるの?」
「ただの練ですね」

 二人は壁際に寄りかかって、彼方を眺めながら会話していた。
 お互いに暇を潰す手段くらい持っているのだが、相手と話をすることが有益だと思っているからこそ、こうして喋っているのだろう。

「彼方って女だったんだね」
「彼方ちゃんが話したんですか?」
「いや、錘外すときに服脱いでたから」
「ああ、なるほど」

 彼方は体中に錘をつけていて、それを外せばサラシだけの状態になる。
 そう知っていたので、あっさり頷いた。
 錘を外さなきゃいけない状況なんて珍しいな、と思いながら。

「彼方って自分の性別に興味ないの?」

 男勝りとか、そういう言葉とは少し違う。
 勘違いされているならそれでいいし、ばれてしまったならそれでもいい。
 そんなふうに、あまりに無頓着だ。
 『女である前に彼方だし、彼方である前に天宮だ』と言い切った本心を探るには、まだ付き合いが浅かった。

「ない。というふりをしていますね」
「ふり?」
「不器用だから」

 そういって、座禅を組んでいる彼方を見つめたが、気づく様子はない。
 本来の聴覚を考えれば会話をすべて聞き取っていても不思議はないが、集中している今は、敵意や悪意を向けたり、大声で名前を呼んだり、接触したり、武器を投げない限りは外からの干渉を受け付けない。
 そんなことを香恋は一番始めにシャルナークに話していた。

「ねえ、香恋も『天宮』なの?」
「そうかもしれないし、違うかも知れない。どちらだと思いますか?」
「……『そう』だと思う」
「残念、違います」

 微笑まれながら、きっぱりと断言されて、シャルナークは不満を漏らした。
 彼は知らない。その言葉に、『今は』という含みがあったことなんて。
 彼方でさえも、まだ知らないのだから。


 とても有意義とはいえない二日間が明けて、二次試験は終了した。
 そう、二日もあったのだが、驚くべきことに、ゴールには三人の他の受験生が現れなかった。

「どういうことだ?」

 彼方が混乱していると、外に通じる扉が開いたので、とりあえず塔を出ることにした。
 二日半ぶりの新鮮な空気と風は心地よかった。
 が、すぐに、ぎゃんぎゃんと喚くようなノイズが耳を掠めた。

「なんで三人しか残んないのよ! しかも全員念能力者。馬鹿じゃないの!?」
「……まあまあ、それでも三人残ったんだから」
「三次試験やらないとかは許さないわよ。私がこの日のためにどれだけ準備したと思って!」

 青いドレスを着た美女が、凄い剣幕で怒鳴っている。トリックタワーの外の、荒れた土地とは不釣合いの人だ。
 怒鳴られているのはトリックタワーの館長で、二次試験の試験官の男。

「あの、三次試験の試験官さんですか?」

 一番愛想の良い香恋が、三人を代表して尋ねた。

「そうよ」
「何を怒っていらっしゃるんですか」
「……この馬鹿が、趣味に任せて滅茶苦茶に改造したタワーで試験を実施して、必要以上の受験生を落としたことよ」

 ああ、そんなに難しい道のりだったのか。と思った。
 たしかに、シャルナークが解いた暗号の量は半端ではなかった気がする。
 この三人だからこそゴールできた道のりだった。

「香恋たちは合格にはならないんですか?」
「そうするのは癪なの。絶対試験やってやるわ」

 断言する赤い唇は女王様のよう。
 さらに試験を行う。それはつまり、三人の内誰かが落ちるかもしれないということだった。
 そのことに気づいた二人は、少し背筋を伸ばす。

「とにかく、そのことについては会長と相談したまえ」
「ええ、そうね。言い負かしてやるわ」
「その間、香恋たちはどうしていればいいんですか?」
「飛行船の中で休んでて」

 また休憩か。と思って、三人は呆れた顔を見合わせた。
 こんなに暇な時間を与えるくらいなら、早く終わらせてくれればいいのに、と思う。

もっとも、落ちるつもりも全くないのだが。


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