17.未知 -- 勇者と賢者の

「香恋!」

 叫んでも返事があるわけないのに、彼方は目に見えて動揺していた。

「なんで一緒に落ちたのに香恋がいないんだよ!」
「だから罠の可能性もあるって言ったじゃない」

 正論を言われて絶句する。だって思い込んでいたのだ。 『漫画』では五人も一緒の道に落ちるから。

「罠ってことは香恋は!?」
「ちょっと、落ち着きなよ」
「うるせえ! これが落ち着いていられるか!香恋が落ちたのはこっちの方向だよな?」

 そう行っては彼方は壁を指差した。

「そうだけど、何? まさか」
「壊す」
「はぁ!?」

 彼方は壁を叩いて音を確かめた後、少し距離をとって構え、練をした。
 シャルナークの静止も聞かず、軽く身体を動かして準備する。

「邪魔するなよ?」

 言われなくても、邪魔なんてできなかった。シャルナークさえ見たことないような、膨大なオーラが空間を支配し、動くこともできない。

 そして彼方がゆらり、と動いたかと思うと、姿が消え、気付けば轟音と共に壁が壊れていた。それなりに厚さのある壁だが、まるで窓ガラスみたいに簡単に割れている。
 シャルは唖然とした。

「……香恋?」

 けれどそこはもぬけの殻だった。
 香恋? と、彼方がもう一度呼ぶ。
 部屋の置くに扉があるのが目に入って、開けようとするけれどもうロックがかかっている。

「進んだみたいだね」
「この扉、壊す」
「やめときなよ、金属製だよ?」
「やってみなきゃわかんないだろ」
「それより俺たちは、俺たちで進むことを考えた方がいいんじゃない?」

 冷静なシャルナークを睨み、近づいて胸倉を掴みあげた。完全な八つ当たりだった。シャルの目にも微かに殺気が宿っていた。

「お前、香恋が心配じゃないのか!?」
「そうは言ってないけど、あの子も念能力者だし、ハンター試験の受験生だし、なによりも壁の文章読めばわかるように」
「……読めない」
「え?」
「俺は文字が読めないんだ!」

 彼方のその告白に対し、シャルナークの反応は同情ではなく驚きだった。
「よく今まで生きてこれたね。結構まともな生活してるように見えたのに」と。

「香恋は?」
「香恋は読める」
「まあ、それなら大丈夫かな。じゃあ読み上げるけど、香恋が進んだ道は、

 『囚われの道』
 君は暗い牢獄に囚われた。
 出口で脱獄の手伝いをしてくれる勇者を待たなければ外には出られない。

 で、此処からが重要なんだけど、俺たちの道は、

 『勇者と賢者の道』
 君たちは選び抜かれた勇者と賢者である。
 勇者の剣と賢者の書をそれぞれ装備して冒険に出かけてくれ。

 つまり、囚われの道の香恋を助けるのは俺たちなんじゃない?」

 シャルナークの言葉を聞くやいなや、彼方は素早く元の部屋に移動した。
 棚の上にあった勇者の剣を握って、シャルナークに賢者の書を投げてよこした。

「行くぞ」
「たしかに、彼方 は賢者ってガラじゃないよね」

 溜息を吐かれても、もう前しか見ていなかった。


「それにしても、この剣 変な形してるな」

 勇者の剣がつながれた鎖のついた枷を腕につけながら、彼方 が呟いた。
 剣は長いけれど鋭くもなければ真っ直ぐでもなかった。鞘がなくても、攻撃用には見えない。

「鍵かなんかの役目もしてるんじゃない?」
「ああ、成る程。そしてその本は分厚いな」
「4000ページくらいあるんじゃない? 重い」

 賢者の書はブックカバーが金属製で、それがまた鎖に繋がれていた。

「見た目からして重そうだよな。何書いてあるんだ?」
「かなり不規則だよ。空白だったり、暗号で埋まってたり。その暗号の形式もバラバラだし……」
「どんなことが書いてあるかわかるのか?」
「ためしに1ページ解読してみる? 最初のは簡単みたいだけど」
「いい。それより、先に進もう」

 狭い部屋を出ると、長い廊下が続いていた。
 彼方が一歩踏み出すと、上からナイフが降ってきた。
 簡単に避けるが、出端をくじかれたような気分だ。

「慌てるからだよ。これ、多分どこにどんな仕掛けがあるか書いてあるんだ」
「へえ、んで?」
「んで? って……」
「その本読み終わるの待ってろって言うのかよ。こんな罠、強行突破した方が早い」

 断言する彼方に、シャルナークは言葉を失った。
 彼方はわからないらしく、首を傾げる。

「なんだよ」
「いや、勇者と賢者の意味が改めてわかったよ」
「?」
「なんでもない。彼方 がいいならそれでいいよ。俺は勇者の後ろからついていくから。賢者だし」

 そうして二人は進んだ。
 転がってくる岩を割り、武器を避け、足元の落とし穴を飛び越えた。
 傍目から見て、彼方 は無鉄砲だった。

 けれど洪水が起こったときにはさすがにそうはいかなくて、シャルナークが天井に書いてあった暗号を解いて、彼方 が隠れていたスイッチを押して洪水を止めた。
 行き止まりに突き当たったときも賢者の書に頼るしかなかった。

 しばらくすると扉があって、部屋に入るとそこにはゲームによくありそうな、障害物となるブロックが行く手を塞いでいた。
 人の身長よりも高い、大きな立方体のブロックが部屋中にあって、押せば動くらしかった。

 賢者の書には案の定その部屋の見取り図があって、シャルはそのパズルを解き始めた。
 筆記用具も何もないが、頭の中で色々考えているらしい。

「出来た。彼方 、俺の言う通りに動かしてね?」
「わかった」
「じゃあまず右手側のそれを押して……。って、違う。逆!」
「え?」

 指示を違うブロックを押してしまった。
 とっかかりなどはないつるつるした表面なので、ブロックを引くことはできない。

「ああ! どうしてくれるのさ。このルートが無理だとかなり遠回りになるよ」
「うっわマジで? お前なにやってんだよ」
「俺のせいじゃないし。っていうか絶対彼方間違えそう。あーあ、俺がやれればいいんだけど、賢者の書で腕がふさがってるからなー」
「いいから指示!」
「あ、ちょっと待って。もしかして彼方 、このブロック二つまとめて押せる?」

その問いに、彼方は考えもせず断然した。

「押せる」
「じゃあ簡単だ」

 ゲームと違って、ブロック一つ一つ押すのにも力がいる。それは純粋な筋力だ。当然、ハンター試験だから、それが軽いはずはなかった。もしかしたら重過ぎて押せないようなブロックが用意されているかもしれない。

 『勇者と賢者の道』の本質はそこにある。つまり、どらちかがかなり秀でていれば、もう一方はかなり楽をできるのだ。
 もちろん、この場合の勇者と賢者は両方とも優秀だ。

ゲームと違うから、二つのブロックをまとめて押す、なんて反則もできるのだ。化け物じみた力さえあれば。

「じゃあその反対側のブロック押して。間違えないでね。……そう、次は……」

 そうやって、なんとかその部屋を脱出できた二人だった。道のりは続く。


( 待ってろ、すぐ助けに行くから )


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