16.移行 -- 二次試験へ

『只今をもちまして一次試験終了とします』

 一次試験が終わったのはそれから6時間も後だった。香恋のいうとおりあれは持久戦だったらしい。中途半端に焦った者が負ける。
 此処にいるような奴らには簡単な内容じゃないかと思うかもしれないが、それなりに人数も多いし、実力者ばかりであるせいで逆に周囲の者すべてが怪しく思えてしまうのだ。しかも小賢しい受験生もいる。
そういうことを考えると、6時間で終わったのは短い方だそうだ。頭脳派の二人が言っていた。彼方は、つくづく自分ひとりじゃなくてよかったと思った。

 楽々と一次試験を突破した三人は雑談で時間を潰していた。
 合格者が通されたのは飛行船の中だった。

『では、これから二次試験の会場まで移動します。離陸しますのでご注意下さい』

 放送が入ると同時に機体が浮き上がる。
 飛行機に乗ったことがなかった彼方は興奮して外を見ていた。

「移動ってどれくらいかかるんでしょうね?」
「さあ? そんなに短いとは思えないよね」
「そうですね。教えてくれればいいのに」
「一次試験が早く終わった奴らは退屈だよね」

 香恋とシャルナークはなんとなく通じ合っていた。
 彼方という対照的な人物がいるせいかもしれなかった。

「香恋はどうしてハンター試験を受けたの?」
「生きていくために必要だと思ったからですよ。彼方ちゃんがいるし、念が使えれば大丈夫かもしれないと思いまして」
「へえ、彼方は強化系だよね? 君は?」
「何に見えますか?」
「……操作系、かな」
「じゃあそういうことで」

 お互いに探り合うような会話をして、けれど踏み込ませない。
 シャルナークはきっと香恋が特殊な能力なのだろうとは思った。戦闘向きではなさそうだ。

「移動時間がわからない以上、ぼうっとして時間を潰すのは勿体無いですよね。どうします?」
「お互いの手の内を明かしあう、役に立ちそうな物を手に入れる、休養を取る、他の受験生を観察するとか?」
「うーん。お互いそこまで素直になれるとは思いませんし、持ってきてるもの以外で必要なものは特に浮かびません。
 受験生の観察は大体終わりましたし、やっぱり三番目ですね。
 次の試験がハードだと困るので、香恋は休ませてもらいます。すぐに着いちゃったら悲しいですけどね」

 冷静すぎるくらい冷静にそこまで一息で言って、香恋は、

「そんなわけで、見張りお願いできる? 彼方ちゃん」

 と、窓際の彼方に声をかけた。

「ん? ああ、いいぜ」

 快く了承した彼方が隣に座ると、香恋はそれにもたれかかって眠り始めた。
 受験会場までの道のりも易いものではなかったから、疲れているのだろう。
 彼方はそんな香恋を見て慈しむような微笑みを落とした。
 その表情にシャルナークは驚いた。

「そういえば二人ってどんな関係? 兄妹、じゃないよね」
「俺たちは同い年だ。……香恋は、大切な人だよ」

 彼方は性別について誤解を受けていることに気付いたが、いつものことなので訂正はしない。
 誤解させておけば、香恋に悪い虫がつくのを牽制する効果にも繋がる。
 治安の悪い世界で、いまさら“女二人”である必要はない。
 ゾルディックの家でも訂正しなかったから、勘違いされたままだろう。
 大切な人、という言い方も、更なる誤解を招く可能性があるとわかっていたが、真実なのだから仕方ない。

「ふうん。それって香恋も知ってるの?」
「知ってるさ。お前、香恋に手を出そうとか考えるなよ」
「……わかったよ」

 受験生には比較的珍しい女性だし、なにせ香恋は可愛いから、大袈裟に牽制するくらいがちょうどいい。
 自分とは違う、この『女の子』を俺は守るのだ。

「そういえば、どうしてハンター試験を受けたの?」

 シャルナークは思いつきで、 香恋にしたのと同じ質問を彼方にも浴びせてみた。
 彼方は天井を仰いだ。

「探すためと、強くなるためだ」
「探すって何を?」
「世界を飛び越える方法。お前は?」

 理解されないとわかっていたから、彼方はすぐに話題を切り替えた。

「俺はただ便利そうだから」

 その傲慢な言葉は実力に自信があるから出てくるものなのだろう。
 特殊な職業をしているのかもしれない、と思ったが、興味がないので質問しなかった。
 彼方の無関心によって沈黙が下りる。

「彼方は寝ないの?」
「意識があっても身体を休められるのは特技だ」
「じゃあ俺はちょっと寝ようかな。次の試験がどんなのかわかんないし」
「着いたら起こしてやるよ」
「ありがと」


 飛行船が目的地に到着したのは、星が瞬く時間帯だった。
 彼方が起こすまでもなく、船内アナウンスで二人は目覚めた。

『お待たせしました。二次試験会場に到着いたしました。
 この飛行船は20分後に再出発いたしますので、それまでに荷物を持って外にご集合ください』

 外に出ると、そこは塔の上だった。下が見えないほど高い、円柱型の細い、塔。見覚えがあった。

『二次試験の内容を説明いたします。
 ルールは簡単! 60時間以内に生きて下におりることです!
 では、ご健闘をお祈りいたします』

 短い説明で放送が途絶え、少ない受験生の間には相変わらず動揺が走る。
 さっそく行動に出る奴もいるし、一次試験のように追加ルールがあるかもしれないと思っている奴も、いる。
 三人は、

「此処ってトリックタワーだよな?」
「そうだよ、良く知ってたね。彼方」
「馬鹿にしてんのか」
「してないよ。トリックタワーは最近大幅な増改築が行われたって一部では有名だもんね」

 他の受験生から見ればかなりの余裕っぷりだった。

 まさか漫画と同じ内容の試験があるとは思わなかった。
 けれど、良く考えてみればこんな仕掛けだらけの刑務所があるなら、一回の試験に使うだけでは勿体無い。おそらくここの所長は常連の試験官なのだろう。

「じゃあ早速隠し扉を探そうか」
「せっかくなら、三人一緒の道がいいですね」
「俺は香恋と一緒ならそれでいい」
「酷いなあ。別にいいけど。じゃあ、手分けしようか」

 そしてしばらくすると隠し扉が見つかった。
 しかも、隣接した三つ。

「こうも都合がいいと罠って可能性もあるね。どうする? どうやって選ぶ?」

 そんなシャルナークの言葉に、二人は漫画のシーンを思い出して、顔を見合わせて笑った。

「シャルさんから選んでいいですよ」
「ああ。どうせ中では繋がってるんだからな」
「そう? まあどっちにしろ運だしね。じゃあ俺はこれ」
「香恋はこれにするね」
「じゃあ俺はこれだな」

 三人がそれぞれ扉を選んだところで、せーの、と声を掛け合って同時に下に落ちる。
 短いお別れが訪れるはずだった。

 彼方は、すとん、と軽く着地して、部屋の中を見渡した。
 薄暗い部屋、棚の上には何かが載っていて、壁に書かれた文字は読めない。
 隣には……、

「香恋は?」

 そう言ったのはシャルナークだった。そんなの、こっちが聞きたい。その部屋にはあの少女の姿がなかった。

「嘘だろ?」
予想外の事態に、冷たい汗が背中を流れた。


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