『会場内に受験生として紛れ込んでいる試験官を探し出してください』
それを聞くと、会場内は一気にざわめきに包まれた。
誰だ、お前か!? と忙しく騒ぎ立てる者、『放送が聞こえない』と言ってそれを嗜める者、平常心を保とうとする者。
全員が受験生だと思っていたこの中に試験官がいる、といわれただけで殆どの者が少なからず動揺していた。
『詳しい説明をいたします。なお、放送は繰り返しません』
アナウンスが続くと、今度は水を打ったように静かになった。
『試験官が誰だかわかったら階段を上り、試験官を示す肯定文を一つ答えて下さい。
ただし、当てはまらない人物が会場内に二名以上いることを前提とし、他の受験生と文が重複した場合、最初にその文を述べた受験生以外を失格とします。
一旦階段を上るとこの部屋に戻ることは許されません』
放送がそう言った途端、50人ほどの受験生たちが階段に向かって走り出した。
「なんだ? あいつら」
「試験はもう始まっているんだよ、彼方ちゃん。さっき『開始します』って言ってたからね」
「だからって、もう試験官がわかったっていうのか!?」
「違うよ。試験官がわからなくても今与えられた条件で肯定文は作れるんだよ」
彼方は大きな疑問符を頭に浮かべていた。頭を使うことは得意じゃない。ましてや、こんなややこしい説明のされ方では。
「例えば、『試験官はハンターである』とか常識的なことを述べた文。即興で10個くらいは浮かぶかな」
「マジかよ! じゃあそれを言いに行けば良いじゃねえか!」
思慮が浅い彼方を嗜めるようには香恋は解説をした。
「駄目だよ。走り出した人の中で報われるのは一番決断が早くて足が速い2,3人。
他にも挑戦しようとするかもしれないけど、他の人と重複――つまり同じことを言って失格になることを考えると難しいな。
一年に一回の試験だもの躊躇っちゃうと思うよ。誰だって受かる気で来てるんだからね。
香恋は足が速いわけでも、ギャンブラーでもないから、駄目だよ」
どうやら一次試験から頭脳戦のようだ。彼方にすれば最悪だろうが、香恋にとっては好都合だった。
特に今年の受験生は体力自慢らしき、むさ苦しい男が多い。
ただでさえ少ない、200人ほどの受験生は、おそらく此処で約10分の1になるだろう。
「じゃあ、階段の回りに人が溜まってるのはなんでだ?」
「階段を上るのは基本的に試験官が誰かわかった人だからね、あわよくばヒントを聞き出そうってことだと思うよ。何もしないよりはマシだね」
「俺もそうした方がいいのか?」
「やめなよ。人から聞きだしたのがあってるかどうかわからないでしょ?」
「なるほど」
彼方には八方塞の試験のように思えた。解決策は何一つ浮かばない。
そこに、アナウンスの続きが響いた。
『言い忘れましたが、特別ハンデとして、試験官は決して嘘をつきません』
それを聞き、「早く言えぇえぇぇ〜〜!」という雄叫びがいくつか上がる。
そんな彼らはきっと将来強化系になるな、と香恋は思った。
アナウンスの遅れはわざとに決まっていた。中途半端に焦った受験生が損をしたのだ。
「なんだ、だったら一人ずつ捕まえて試験官かどうか訊けば良いな」
「ああもう、駄目だってば。試験官が嘘をつかなくても、受験生はつくかも知れないでしょ?」
「どういう……」
そのときすぐ目の前でこんな会話が繰り広げられた。
「お前は試験官か?」
「くっ……ばれてしまったか」
「ほっ本当か!?」
「ああそうだ。とにかく声を落とせ」
周囲を意識しながら、それなりに耳が良い人間には聞こえるように芝居をしているのはトンパだった。さすが、新人潰しの名は伊達じゃない。香恋に言わせれば「懲りないなあ」だった。
彼方は納得して頷く。
「なるほどな。そういうことか」
「うん。そういうこと」
「じゃあ結局、俺たちはどうすればいいんだ?」
一連の会話で、彼方はすでに香恋が答えを出しているような気がした。
「ええっとね、他の人と同じものを言っちゃいけない、っていうルールのせいで、段々答えは狭まっていくように思えるでしょ? でもね、これは持久戦なんだよ」
「なんで?」
「試験官がわかれば、色々な質問を出来るもん。そうすれば試験官について何でも知れるでしょ?
そして、『この質問をしたのは自分が初めてか』訊けば良いんだよ」
なるほど、と再三頷きながら、香恋に続きを促した。
「だからってなんで持久戦になるんだ?」
「人数が少なくなった方が考えを絞りやすいでしょ? 一人一人に質問することもできるし。
アナウンスを思い出して。試験官は『会場内』にいるんだよ。つまり試験官は最後まで階段を上らないはずなの」
「……ああ! そういや、そんなこと言ってたな。さすが香恋」
彼方は心から尊敬して褒め称えたのだが、香恋は何故か不満そうに唇を尖らせた。
「では問題です。今までに述べたのは一般的な攻略法で、実は裏技があります。それはなんでしょう?」
「は?」
「制限時間は10秒。……9、8、7、6、5、4、3、2、1、ぶっぶ〜!!」
香恋は楽しそうに笑った。
「ちゃんと自分でも考えなきゃ駄目だよ?答えは、これ」
そう言って、香恋は人差し指をピンと立てた。その先から伸びるオーラは『試験官は念能力者』と文字を象っていた。香恋は、こんなに画数の多い複雑な文字でもオーラで描けるようになっていた。
「ああ、そうか。たしかに一瞬で見つけられるな」
「うん。じゃあ早速探してみてね」
香恋は他人事のように言った。
彼方は、未だに念の修行をつけてもらっているみたいだ、と思った。
「よし、わかった! 纏をしているのは俺たち以外に二人だ」
「正解! じゃあ早速訊きに行こう」
二人はようやくその場から動いて、近くにいたほうの念能力者の元に行った。。
「貴方は試験官ですか?」
「――そうだよ」
男は、少し渋ってから答えた。
彼方は喜びそうになったが、先ほどの香恋の言葉を思い出して慌てて冷静になる。
香恋はジッと見透かすような目で男を見つめ、尋ねた。
「では、第何期生のハンターで、どんな仕事をしていますか?」
「……ハア、もういいや。違うよ」
男はそれ以上の追及が面倒になったのか、あっさり正体を明かした。
意外な潔さに、彼方は驚いた。
「俺だったら相手の嘘を見破るまで質問を繰り返すからね。そこまでされて守るような嘘じゃないし。君たちも試験官じゃないんだろ?」
「ええ、違いますよ。ね、彼方ちゃん」
「ああ」
彼方にも話を振ったのは『試験官は嘘をつかない』というルールを実行して、相手に信用させるために必要だからだった。
たとえば、彼方が試験官なら香恋が嘘をつくことは可能だ。
彼方に試験官でないと肯定させることで、試験官でないことの証明になるのだった。
「まあ『使える』奴は試験官と俺たちだけみたいだし、仲良くやろうよ。
俺はシャルナーク。シャルでいいよ」
「香恋は、香恋で、こっちは彼方ちゃんです」
「よろしく」
「……ああ」
差し出された手を握りながら、彼方はどっかで聞いたことある名前だな……と思っていた。
けれど香恋が何も言わないから、気のせいなのかもしれない。
「じゃあ、とりあえず一次試験合格しに行こうか」
結果、彼方は香恋の助言を受けながらだったが、無事に三人は一次試験を突破したのだった。